臼井吉見-自己教育の中核は、自分と異質な人間との対話です

臼井吉見、という名前と少し太り気味の姿は、子供の頃のNHKの番組で覚えている。
偉い人のようだったが、クイズでよく間違えるので愛嬌があった。

その人の記念館が、安曇野の文学館だ。
この人は教育者、編集者、評論家、小説家などいくつのも肩書があるが、代表作は大河小説「安曇野」だ。この小説は59歳から書き始め、途中病気の5年間もあり、完結したのは69歳だった。
この小説は安曇野の文化史を描いた。この小説に登場するのは、中村屋相馬愛蔵・良夫妻、荻原守衛、研成義塾の井口喜源冶、木下尚江の5人だ。この小説は足かけ10年、昭和48年に、5600枚で完結する。これは人と時代と事件と書物と思想とのの出会い、邂逅の物語だ。
臼井吉見は次に天皇制を論じた「獅子座」というライフワークに取り組むが、これは未完に終わっている。明治維新臼井吉見によれば、王政復古ではなく、岩倉具視のクーデターであった。
吉見は天皇に対しては、戦争責任を問わないわけにはいかない、と同時に天皇に限りないシンパシーも持っている。一人の人間から基本的人権を奪っているという考えだ。ここには私も共感を覚える。

小学校卒業時に、下級生の代表の女生徒である黒岩アヤを知る。この人が後の夫人になる。吉見27歳、アヤ25歳であった。
松本中学、松本高校、東大国文科というルートをたどるが、この間、多くの人に影響を受ける。
同級生の古田晃(後の筑摩書房創業者。筑摩地の出身)、一級上の唐木順三、青柳優、中島健三。
そして「土」を書いた長塚節正岡子規、伊藤左千夫、万葉集志賀直哉佐藤春夫宇野浩二、、、。

大学卒業後、吉見は福島県双葉郡双葉中学の国語教師になっている。原発事故で有名になったあの双葉だ。

健康優良児の吉見は軍人としても活躍した。幸運もあって生き延びている。

臼井吉見の講演を録を集めた「自分をつくる」(臼井吉見文学館)を読んだ。

  • ぼくは中学に入るや否や、早くも文学をやろうと決めてしまったのです。そして、このことを後悔しているわけです。
  • ほんとうの友達というのは、これから自分の精神世界をつくり出す仕事になくてはならぬ人間、これがほんとうの友人です。
  • 精神の成長の時期に作られる友だちが生涯の友だちです。たがいに精神の成長の秘密を知っている同志が友人です。
  • からだを動かし、頭で考え、心に感ずる。
  • 教師といのは、なんといっても神聖な職業だとぼくは考えます。人間の魂と魂が火花を散らす仕事、そういう職業が神聖でないとどうしていえますか?
  • かんじんの発電は、他人まかせにして、電線だけ引っ張っ、自分の精神の火をともそうとしたって、だめなんです。か細くても、消えそうでも、精神の世界では、自家発電でなくては、ごまかすわけにはいかないのです。
  • 教育の中軸は、自己教育だと思いますが、その自己教育の中核は、自分と異質な人間との対話です。

「続・自分をつくる」

  • 大きなものを読みなさい。
  • 人間の条件は、自分でものを考える、最後は自分で判断する、判断に基づいて行動する、そして責任を持つ。
                                  • -

日馬富士、2場所連続全勝優勝で横綱へ。
日中国交回復40周年記念事業延期。