山梨県の韮崎大村(智)美術館

午後から、懸案の山梨県韮崎市韮崎大村美術館を訪問する。
大村智先生は2015年のノーベル医学・生理学賞を受賞した天然物有機化学者であるが、もう一つの顔は美術愛好家である。

郷里の韮崎市に白山温泉を掘り、そのそばに30代から集めてきた絵画や陶磁器を展示する美術館を創った。その美術館を2007年に市に寄贈したのだ。

女流作家の作品を重点的に集めてきており、大勢の女性の絵を一堂に見られる美術館であり、女流画家の殿堂を目指している。収蔵作品は1700点以上。

この美術館の2階のカフェからの眺めは絶品だった。右の窓からは富士山、左の窓からは八ヶ岳が美しい姿を現している。目線の高さを確認し、徹底的に眺望を見極めてつくった。

1階では女流芸術家の作品展を開催中だった。素敵な絵を堪能した。
また、八王子生まれの鈴木信太郎画伯のコーナーもみた。大村先生が敬愛し作品を集めている画家で、文化功労者である。

この美術館の特色は、花をテーマとした展覧会と市内の画工や施設への出前美術館だ。そして駅前にできた素敵な市民交流センターの1階にはサテライトもできている。この交流センターにはふるさと偉人資料館があり、ここでも大村先生の企画展が開催されていた。

大村先生の「人生心得七ヶ条」を興味深く拝見。

  • 歴史に学び、それを基にして未来を見つめる。
  • 何事も人のまねをしない。
  • 自分が世の中の人々の為に何ができるかを優先し厭わず行動する。
  • 役目についた折りには、自身の能力をもって、全力を尽くす。
  • リーダーになった時は、「君主は器ならず」と考え、そこに集まる人々の個性を最大限に引き出す。
  • 「一期一会」と「恕」の心を大切にする。
  • 佳き人生は、日々の丹精にある。

「人生に美を添えて」(大村智・生活の友社)を購入し読んだ。

人生に美を添えて

人生に美を添えて

専門の微生物に関する書物ではなく、美術に関する著作である。
この書の中から、大村先生の考えをすくってみたい。

  • 1日なら都内の美術館やギャッリーを巡る。2-3日余裕があれば、温泉と陶芸家の窯を訪ねる。
  • 外国でも、まず日本食レストラン、次に美術館の場所の確認、それから学会、、。
  • 教育と研究の両方が相まって本当の教育者だ。いい弟子を育てたか。
  • 何事をやるにも、まず歴史から入る。歴史を勉強すると、次の考え方が見えてくる。
  • 司馬遼太郎山本周五郎
  • 人材育成は、幅広い考え方や見方をもつ人材を育てること。
  • ゴルフ、美術の仲間が多い。

大村智先生の生き方には刺激を受ける。
科学者の本業では世界的発見を成し遂げ、その特許で所属する北里研究所に莫大な金銭的貢献を行う。同時に、趣味である芸術鑑賞分野では、縁あって女子美術大学のトップを引き受ける。そして双方の交流をはかるというように展開していく。
こういう人をほんとうに偉い人というのだ。

武田神社の奥の急峻な坂を坂を登ったところにある要害山の麓の清翠寺の座忘庵に宿泊。
信玄の隠れ湯の一つだ。
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「名言との対話」 2月19日。茨木のり子

  • 「長く年月をかけて自分を鍛え、磨き抜いてきた、底光りのするような存在感といったら、私の言いたい品格にやや近づくだろうか。かなりの年齢に達しなければ現れない何かである。」
    • この詩人について周りの人が言っている言葉をあげてみよう。「宝塚の男役のごとく」「背筋の伸びた、凜々とした風情のなかにまたふんわりとした感触があって、素敵な人だな」「あまりにも、ちゃんと生きていこうとする日本人である」「古代ローマギリシャ彫刻を見るような」「ずばっと決断し、立つときは独り立つ。潔さ」「人としての度量があって、女性にみられがちなネチネチしたところがない。気性は男性的でスカッとしている」「背筋が伸びて立ち居振る舞いは凛としている。文は人なり、であった」。この詩人は2008年2月19日に没した。
    • 茨木のり子の企画展を訪れて、詩人の発する言葉の力に驚きを感じた。言葉の一つ一つと、その連鎖が光っている。詩人は心の世界を営々と耕し、民族の感受性を豊かにしてくれる人々である。
    • 「わたしが一番きれいだったとき」は、「わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた そんな馬鹿なことってあるものか ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた」で始まる。その詩で戦争で台無しにされた青春を語り、「自分の感受性くらい」では、人や暮らしや時代にせいにせずに自分で守れと自戒している。また「倚りかからず」では、できあいの思想、宗教、学問、権威などに倚りかからず、自分の耳目と二本足で立てと主張する。
    • 品格という言葉が流行しているが、茨木のり子のこの説明ほど、納得感の高い言葉にはであったことはない。長い年月と自身の鍛錬の蓄積によって、深いところから立ち上ってくるオーラ、そういうものだろうか。