安芸高田市(広島県)で講演(教育委員会主催)

午前中。

原爆ドームは、原爆の爆風が真上だったので、辛うじて残った建物で、その頭の姿が円形だったため、いつしか市民から命名された。チェコ人建築家ヤン・レツルの作品で広島県物産館別館として使われたが、1945年8月6日に8時15分の原爆投下により全員死亡。997年保存工事、1996年には世界遺産


原爆の子の像。2歳で被爆、12歳で白血病で死亡。

「これはぼくらの叫びです

 これはぼくらの祈りです。

 世界に平和を きずくため」

千羽鶴」「地に空に平和を」は湯川秀樹博士の字。


広島平和記念資料館

音声ガイドは原爆詩の朗読をライフワークとしている吉永小百合さんの朗読だった。1938年12月、ドイツで原子の核分裂が大量のエネリギーを発生させる。亡命したレオ・シラードのドイツでの原爆開発の恐れ。アインシュタインの署名ももらい、F・ルーズベルト大統領に研究を促す。

1939年10月原爆の研究開始。1942年マンハッタン計画。3年の歳月、20億ドルの予算、12万人以上の関与。1945年7月16日 実験成功

1945年 広島・小倉・新潟・長崎

8月2日 広島・小倉・長崎の順。(広島には連合国の捕虜がいない)

1945年3月からは空襲禁止(効果測定のため)

8月6日 広島  20万人死亡

8月9日 長崎  10万人死亡


ハベル大統領(チェコ)、スカルファロ大統領(イタリア)、ローマ法王パウロ二世、フジモリ大統領、ゴルバチョフ大統領、カーター大統領、マザー・テレサ、、、、。

世界の要人がこれほど訪れる施設は日本にはない。


午後。

安芸高田市教育委員会主催の講演会。13時から16時まで。校長・教頭・教務主任100人。テーマは「今求められる新しい力 図解仕事人」。

この合併で発足した新市は広島市島根県との間の中山間地域で面積は広大。人口は3万人超。本来8万人が条件だが、合併特例で市に認められた。


終了後、新幹線で名古屋へ。セントレアホテルに宿泊。