方言(専門用語)とどう向き合うか

 今や標準語に押されて全国各地の方言は旗色が悪い。地方独特の文化の基盤である方言と全国共通の標準語との関係はどうなっていくのだろうか。

さて、ビジネスマン時代、職場を変わるごとにその部門特有の専門用語が障壁となって仕事を覚えるスピードが鈍った経験がある。営業部門の用語、本社部門の用語、サービス部門の用語、技術部門の用語など、独特でそれが部門の文化を形成しているからやっかいだ。営業部門と技術部門が意思疎通できないことにいらだって、お互いに「あなたホントに会社の人?」という言葉を投げ合っている姿に何度も遭遇したことがある。本社の広報というセクションに異動になって、自分の仕事は独自の専門用語(これを方言と呼ぼう)を身につけた集団同士の翻訳機能を果たすのが役目であることを発見したこともある。

その後、大学に移ると方言というより古語に近い言語を操る集団と向き合うことになる。そして大学教員として企業や官庁との付き合いも増えてくると、それぞれの会社や組織ごとの風土の違いが目につくようになった。まず、官庁と民間では言語の体系が違うこともあり互いに困っている。またメーカーとサービス業など業界ごとに言葉が違ってくるから異業種同士ではなかなかコミュニケーションがとれない。そして自動車会社と製薬企業など、それぞれの大国独特の言語が登場する。同じ業界であっても会社ごとに用語の意味が違う。

2009年度までに始まる裁判員制度も、実は同じ問題を抱えている。裁判のメインプレイヤーである裁判官・検事・弁護士は同じ業界だから同一の言語を使う。しかし裁判員として指名を受ける民間人とは言語が違うから意思の疎通ができない。司法の側は自分たちの言葉が標準語だと固く信じているからやっかいだ。法律用語は実は特殊な人々だけに通用する方言に過ぎない。いっそ、それを司法方言とでも呼ぼうか。この裁判員制度成功への突破口は、司法側が自らの専門用語を方言として認識するかどうかにあると私は見ている。

こういう言語環境の中で私たちは仕事やプロジェクトを遂行していかねばならない。専門化、分業化の流れの中で、違う言葉への言い換え、新しいキーワードの発明、重なりや違いの見分けなどの努力や、それを解きほぐそうという態度が大切になってきた。専門用語という方言と共通語としての標準語の使い分けがあらゆる業界に共通するテーマとなってきたのである。

(「ビジネスデータ」9月号に執筆)