大河内山荘(大河内伝次郎が生涯を賭けて造った洛西の名園)

大河内伝次郎

この名前には久しぶりに接した。子どもの頃、ぱっちんという遊びがあった。一般にはめんこといっているようだ。丸い小さなカードを使った遊びなのだが、このぱっちんの表面には当時の有名人の顔が描かれていた。赤胴鈴之介や鞍馬天狗を演じた役者の似顔絵もあった。その中に「姓は丹下、名は左膳!」というセリフでよく知られていた人気役者・大河内伝次郎がいたという記憶がかすかにある。

「千姫」でぼ家康役、桂小五郎近藤勇、少年宮本武蔵源氏物語、恋すれど恋すれど物語、照る日くもる日、紫頭巾、独眼流政宗、など大河内が演じた映画の多くはヒットしている。


京都では大河内伝次郎記念館というより、大河内山荘という名前で親しまれている。大河内山荘百人一首で有名な小倉山にあった6千坪の荒地に30年の歳月をかけてこつこつとつくりあげた名庭園である。嵐山を間近にみて、反対には京都の街と比叡山などが望める絶景の地である。


時代劇の名優として一世を風靡した大河内伝次郎は、フィルムは消えるが庭の美は消えることはないという考えで34歳から64歳で逝去するまでの30年にわたり庭造りに熱中した。莫大な映画の出演料のほとんどをこの庭に注ぎ込んだ。起伏のある、広大な、庭木の手入れの素晴らしい、点在する日本家屋、など人生を賭けた大事業だったことが感じられる庭造りに感嘆した。

庭師・広瀬利兵衛、数奇屋師・笛吹喜一郎と3人の長いコンビでつくりあげた天地には、中心に大乗閣と命名された建物があり、持仏堂、滴水庵などこの庭の建物は、寝殿造、書院造、数奇屋造、民家という日本の全住宅様式を網羅している。古代から近世までの住宅の歴史を展示することがテーマだった。大きな構想である。

大河内は俳優というより本来は文化人であったということかもしれない。


大河内伝次郎は1898年に福岡県豊前市大字大河内に開業医の息子として生れている。13歳で大阪商業学校入学、18歳で東京銀座の明治屋に入社するが、この間文学に励み雑誌に投稿を続ける。26歳の時に関東大震災に遭遇し人生観が変わり宗教書を読み耽る。28歳、新国劇俳優養成所に入り脚本を書くが、師師の倉橋の夫人に「独特の発生」を面白がられ俳優に転向する。沢田正二郎の第二新国劇一期生で初舞台を踏む。29歳、日活大将軍撮影所入社。伊藤大輔監督との丹左膳、国定忠治机龍之介と続く長いコンビが始まる。35歳、大分県宇佐市の寺の娘と結婚。40歳、日活を退社、東宝へ移る。閣下、ハワイマレー沖海戦、怒りの海、など現代劇を演ずる。50歳、新東宝映画撮影所で長谷川一夫山田五十鈴。52歳、大映入社。われ幻の魚をみたり。55歳、黒澤明監督の虎の尾を踏む男達。56歳、生涯の好敵手だった坂東妻三郎死去。60歳、東映入社。64歳、赤い影法師を最後に逝去。


この山荘の中に四角の形をした記念館がある。建物というより壁で仕切られた空間である。その壁に映画関係のポスターを貼ってある。大河内は撮影には真刀を使ったそうだ。

竹刀をさしては侍の位置取りがつかめず、抜いては斬るまでの幽静が保てず、侍になりきれないというのが理由だった。


また愛車クライスラーにもたれながら、背広姿で髪を七三に分けた丸メガネの粋な気取った青年の姿の大河内の意外な写真も展示されている。


撮影所に持参するカバンの中身というコーナーがある。小物と一緒に名刺があった。まことに小さな名刺だが、さらに小さな時で左上に「大公h氏伝次郎」、そして右下に「京都日活撮影所時代劇」と書いてあるのが見える。手帳には縦書きでびっしりとセリフが記されていた。これをみて頭に叩き込んだのであろう。ビデオのメニューが6つあり見たかったのだが、ボタンを押しても動かず諦めた。


・昔の上手といいうも下手というもほんの僅かの差である。その差は閲して技量の差ではない。その人の人柄からくる無技巧の差である。


・庭ずくりは「いのちをかけた創造の場であった」


詩人室生犀星

「静かな陋居にかへった後にも、彼の形相が記憶力の減退と空相の衰弱した頭に百年の悪魔の如くに絡はり残って、安らかな夢さえ結べなかった」(昭和3年2月号の中央公論


今回は雨の中の訪問となったが、帰りに生誕百年記念の「大河内山荘」という写真集を買った。中を開くと、春夏秋冬の一年、朝昼夜という一日で、千変万化する自然に囲まれた山荘の姿が実に美しく表現されてる。訪問者は中に入れない茶室の様子や大乗閣の寝殿の間からみる庭、囲炉裏、春の桜の季節、雪景色の山荘、紅葉の道、そして勝手口で箒を持つ大河内の姿や女優・京マチ子と談笑するうちわ姿の伝次郎の姿(大乗閣・書院の間)も見ることができる。


大河内伝次郎の生涯を賭けた傑作がこの山荘であることは疑いがない。

この名庭園で時間を過ごした大河内は人間として本物だったと思う。

季節ごとに訪れたい空間である。