「吉原手引草」(松井今朝子)



直近の直木賞をとった「吉原手引草」を読んだ。作者は松井今朝子、1953年生まれで早稲田大学で演劇学を専攻し、松竹で歌舞伎の企画制作を担当した後、フリーで歌舞伎評論など手がけ、小説家としてデビュー。出版社はヒット作品を生み続ける幻冬舎である。


吉原一の花魁の葛城が起こした事件を若者が聞きまわって真実に迫ろうとする物語として進んでいく。この間、吉原に生きる様々の人々が登場し、この事件に関することを弁じていく。最後は二度目の弁をはる人もいるが、都合16回にわたる。

引手茶屋桔梗屋内儀、舞鶴屋見世番、同番頭、同抱え番頭新造、伊丹屋、信濃屋、舞鶴屋遣手、仙禽楼舞鶴屋庄右門、同床廻し、幇間、女芸者、柳橋船宿鶴清抱え船頭、指切り屋、女衒、小千谷縮問屋、蔵前札差など、花街特有の珍しい職業の実態が当人の口から話言葉で語られる。


読者は主題もわからないまま読み始め、吉原という街の成り立ち、しくみ、しきたり、そこで働く人たちの渡世観、などに引き込まれていく。絢爛たる花魁という仕事の中身、哀歓などの知識を得ながら物語りは一幕、一幕、進んでいくが、話言葉の巧みさと新しい知識に目を奪われていくうちに最後の「詭弁 弄弁 嘘も方便」へと流れていく。まことに達者な筆遣いである。


題名の「吉原手引草」は、独特の文化を持った吉原の格好の手引きを目指して物語をつくったということがわかる。吉原については落語や他の小説などで触れることがあるが、この世界をかたちづくっている花魁以下の女の身分の違い、それにくらいついて生きている男女の仕事の数々などを読者は楽しみながら知ることができる。


最後のどんでん返しでいろいろな疑問が一挙に解けるという構想、全ての物語を葛城本人を巡る人々の口から語らせる手法、くどいと思わせない達者な筆法など、佳品である。この作品は直木賞をバネにして多くの読者を獲得すると思う。

また、松井今朝子は経歴からわかるように、歌舞伎、演劇などの分野に詳しいこともあり、長く作品を生み出すことができる作家とみえる。この女性作家の今後の作品が楽しみである。