「南方熊楠 クマグスの森」展


渋谷区神宮にあるワタリウム美術館で10月7日から2月3日まで「南方熊楠 クマグスの森」展が開催されている。
この美術館は始まりは11時と遅いが、終わるのも19時と遅いから夕刻から1時間以上見てまわった。南方熊楠(1867年--1941年)は、下記のようにチラシで紹介されている。
若き日に地球上のさまざまな場所を移動した人物。柳田國男とともに日本の民俗学研究を立ち上げた人物。南方マンダラと呼ばれる思想を深めた人物。日夜、生物採集に没頭した人物。エコロジーという言葉を日本に最初に紹介した人物。
そして「ミナカタ・クマグスとは、何者か?」というのがそのチラシのタイトルだったことに象徴されるように、熊楠は知的巨人である。和歌山にある記念館や顕彰館を訪ねなければならないと思っていたが、東京で今回の展があるのを新聞で見つけてみてきた。

この比較的小振りの美術館では、4階の「海外放浪から那智・田辺へ」、3階の「内的宇宙へ」、2階の「森の生命の世界へ」とくだりながら見ていくという趣向である。

南方熊楠は1867年生まれだから明治維新の前年に生を受けている。13歳で「動物学」という本をつくり、「宇宙諸体森羅万象」にして、これを見るにますます多く、これを求むればいよいよ繁く、実に涯限あらざるなり」という博物学宣言をしている天才は、17歳で入った大学予備門では、夏目漱石正岡子規と同期だった。
19歳、渡米。西洋近代思想、植物学の方法論を学ぶ
20歳、サンフランシスコ
24歳、フロリダ、キューバ。隠花植物
25歳、ロンオン
26歳、大英博物館。比較民俗学。Natureに「東洋の星座」を発表。
   土宜法龍と親交。
28歳、大英博物館図書館で民俗学博物学、旅行記を筆者。「ロンドン抜書」は52冊。
30歳、孫文と会う
34歳、帰国
   那智山周辺−−南方マンダラ「哲学的思考」
37歳、田辺へ
39歳、結婚
44歳、柳田國男と文通
59歳、摂政宮(昭和天皇)に進講。変形菌標本90点
62歳、昭和天皇に進講
74歳、永眠

4階では、長男熊弥は精神のを得たこと、長女文枝はキノコの写生を父ら習う。父の大きな支えになった。妻の松枝と娘の文枝がタナベの自宅で亡き後の熊楠の書類をまもったことなどがわかる。新聞紙に挟んである集めたイハヒトデやフモトシダなどの標本が並んでいる。

熊楠は滞在する場所によって、文献に頼る人文学とフィールド調査中心の生物学をバランスをとって用いていた。

「世界を自分の目で見たい」
「僕も是から勉強を積んで、洋行すました其後は降るあめりかを跡に見て、晴日本へ立帰り、一大事業をなした後、天下の男といわれたい」

ミシガン州
「むちゃくちゃに衣食を薄くして、病気を生ずるもかまわず、多くの書を買うて、神学もかじれば生物学も覗い、希・拉もやりかくれば梵文にも志し」と書いている。
フロリダ・キューバへの大旅行では、藻類、シダ、キノコ、粘菌など花の咲かない植物である隠花植物に関心を持っている。

ロンドンでは科学雑誌ネイチャーに二週連続で掲載されている。
8年のロンドン滞在中に書物を抜書きした「ロンドン抜書」を残した。

昭和天皇
 雨にけぶる神島を見て 紀伊の国の生みし南方熊楠を思う
南方熊楠
 一枝もこころして吹け沖つ風 わが天皇のめでましし森ぞ

3階。
熊楠は若き日に「物と心の接触によって生する事の世界」を学問の対象と定めている。
「事の学」の図がある。物の円と心の円の重なったところに「事」がある図である。この事は人界の現象であり、心界が物界とまじわって初めて生ずるはたらき。因果。物や心を個別に理解するのではなく、その関係性を理解したい。夢は事の一つの例である。
真言密教の発想を借りて、自然科学から人文学まえのさまざまな学問分野を総合する学問モエルをつくり出そうとした、これが世に言う南方マンダラである。

熊楠は男色、オナニズム、両性具有、宦官、売春、強制猥褻、性的錯綜、人肉食などに関心を寄せている。こういう部分を日本民俗学から排除する傾向のあったや柳田國男と最後は離れるようになった。

宗教と政治の一体化を目的とした1906年の神社合祀令に対して、神社によって保たれていた人間と自然との関係を重視した熊楠は、神社合祀反対運動に関わっていく。
「日本古来の宗教である神道は巨大なタブー体系のようなものといっても過言ではない」と述べている。宗教的な禁忌が幾重にも重なって人々の行動を律しているのが神道の実態であり、神道とはタブーの体系であると熊楠はした。
「すべての現象が関連しあっている」、それが縁である。

近代科学は一つの原因は一つの結果を生むという考え方だが、熊楠は「因果関係は複雑に関連しあっているために、どのような場所にいてもすべての現象と何らかの関係を持つことになる」と述べていて、「今日の科学、因果は分かるが(もしくは分かるべき見込みがあるか)、縁が分からぬ。この縁を研究するのがわれわれの任なり」」。関係性が世界を作り上げている。仏教の「空」とは関係性のことである。


2階。
那智生態調査。粘菌。


1階では受付にいた熊楠に詳しい女性のアドバイスを受けながら、松居竜吾の「クマグスの森 南方熊楠の見た宇宙」(裸に一枚の布を巻きつけた熊楠が森の中に立っている写真が表紙)や、「南方熊楠アルバム」、そして南方マンダラとして熊楠の本質を描いた鶴見和子の本などを入手した。神道密教についっての考察が興味深い。
どうやらクマグスの森は深い宇宙らしい。このういった本を事前に読んで、次は和歌山に南方熊楠の記念館や顕彰館を訪ねたい。