「広尾町開町140周年記念事業 まちづくり講演会」

k-hisatune2008-10-31

羽田空港11時発のJAL便で北海道へ。12時30分にとかち帯広空港に到着、広尾町役場企画商工課の藤井課長補佐と総務課の長田総務係長から出迎えを受ける。
車の中で広尾町の予備知識を仕入れる。最盛期1万3千人の人口は現在8千人。隣町と合併の議論はあったが「しない」」」という決断を経て今日に至っている。広尾町の属す十勝支庁の中心都市帯広市は人口17-18万人。この管内には十勝ワインで有名になった池田町もあり千歳で過ごした20代の頃訪ねたことを思い出した。

昼食は花畑牧場。土曜日のテレビでコメンテーターとして出ている田中義剛さんが社長のこの牧場は平日にもかかわらず観光バスが入るなどにぎわっている。ここの名物のホエー豚の豚丼を食べる。豚肉がお椀の蓋から四方にはみ出しているのは豪快だ。ナチュラルチーズの製造過程で出るホエーを1日3リットルほど牛に飲ませ続け丈夫な筋肉を持つ牛に育つ。このホエー豚は保水力があり焼いてもジューシーでとてもおいしい。開拓時代に馬を飼っていた厩を使ったレストランで柱や梁が長い年月を経て黒びかりしているこの牧場の開祖は、1930年頃に開拓に入った依田勉三という人物だが、「開懇のはじめは豚と一つの鍋」という述懐をしてその苦労がしのばれる。また「生キャラメル」の製造過程を見せていて、このキャラメルもものすごい人気らしい。販売所で付近で「おいしいね」という声が聞こえてくる。レストランでは「定食は一人一つ」、販売所では「大量販売はお断り」、「お一人様(5歳以上)3ヶまで」、「会計は一人ごと」など、「限定」という考え方が強い。

北海道らしい広々とした風景と特有の直線道路を走る。小麦の緑が実に美しい。「ゆっくり走ろう北海道」という看板は懐かしい。あまりにもまっすぐに道路が延びているので気持ちがよくなってスピードが出すぎるのだ。

更別村。裕福な農村で農協がしっかりしている。25年前には一人当たり農家所得で日本一になったこともあるそうだ。

幕別村。ナウマン象記念館を見学する。忠類地区で1969年から1970年にかけて発掘されたナウマン象の記念館で、この建物は北海道建築賞を受けている。ツルハシで工事をしてた恩田珠義、細木尚之がカチンという音を聞く。その物体をみて小玉昌弘という青年が「これは理科の教科書に出てくる象の歯だ」と言いだして発見に至る。全長430センチ、高さ240センチの堂々たるナウマン象だ。ナウマン象は20万年前から2-3万年前に生息しているがこの象は12-3万年前のもの。訪問者は10年前は年間3万人だったが、今は1万人ほどになっている。今年は象の足跡らしきものが見つかって動きが出てきたそうだ。日本各地で19体ほど発掘されているが、顔の部分を除いて全体が保存されていたので、全体の骨格がわかる貴重なものだ。

大樹町。この町は宇宙基地誘致を掲げて20-30年前から長年運動を続けている。スペースシャトルの滑走路の準備も出来ているのだそうだ。清流日本一になったことのある川。スポーツ・文化施設の充実。

ようやく、目的地の広尾町到着。中川一郎農林水産大臣生誕の地と書かれた石碑を訪問。政治家中川一郎は、農林省から農林水産省に変わるときの初代大臣だった。天馬街道から少しそれたところに建っている。近くにある中川一郎記念館を訪問する。中川一郎は「北海のひぐま」と言われた力感溢れる政治家だったが、57歳で世を去る。この訪問記は後に記したい。

広尾町のまちづくりのキーワードになっている「サンタランド」も見学。その帰りに十勝港も見物。

宿に入り休憩した後、午後7時から講演。「広尾町開町140周年記念事業 まちづくり講演会」という企画で、「住民の意思に基づく総合計画の策定について」が演題。受講者は、広尾町の議会議員、まちづくり推進計画委員、町内会長、町の職員。中札内村の職員。更別村の議員、ときめき夢大地サラベツ推進委員会委員。幕別町の忠類地域住民会議、忠類総合支所の職員、大樹町の副町長、職員。帯広市職員、音更町職員。浦幌町職員。以上約100名。
丁寧でかつ本質的な話と、具体的な事例の説明、短い演習という3本建てで1時間半ほどの講演。熱心に聞いていただき手ごたえを感じながら話ができたと思う。

終了後は、広尾町の野田副蝶々、笹原企画商工課長、田中係長、藤井課補、そして今回の講演のきっかけをつくってくれた若い職員の及川さんらと懇親しながら、この町の名物料理を堪能した。