アートソムリエ山本冬彦著「週末はギャラリーめぐり」(ちくま新書)

「週末はギャラリーめぐり」(ちくま新書)を読んだ。サラリーマン人生をこなしながら、30年間にわって毎週末の画廊めぐりとアート蒐集を趣味として続け、1300点のアートを持つにいたった山本冬彦さんが、60歳の還暦を迎えるにあたっての記念として書いた本である。

週末はギャラリーめぐり (ちくま新書)

週末はギャラリーめぐり (ちくま新書)

30代、40代、50代という長い年月を、脇目もふらず一つのことに没頭した人生の達人の書だ。毎週土曜日には、雨の日も風の日も朝10時から夕方までの画廊巡りを続けたその蓄積が、控えめながらこの書全体にわたって滲み出ている。サラリーマンの常道であるゴルフ、酒、タバコ、カラオケ、マージャン、競馬など一切やらず、車も持たずに一点集中して絵画の蒐集にあたってきたという。著者は人生の達人といってよい。

「観るアート」から「買うアート」へ。美術品購入の基礎知識、美術品の価格、展示・保存。画廊巡りの楽しみ方。サラリーマンコレクターとしての人生、個人美術館への道。芸術家をとりまく厳しい現状と支援の方法。そういった知識と作法が具体的にやさしく書かれており、素人にはなかなかうかがい知れないこの世界へ誘ってくれる。この本を読むと、私たちと同時代を生きる作家たちへの支援という著者の高い志に感銘を受ける。

絵画の世界についての数字を少し拾ってみよう。

  • 六本木と上野の主な美術館入場者数は2007年で940万人。日本の展覧会動員数は2004年から5年連続世界一。
  • 世界の美術品マーケットは、2007年で350億ドル(4兆1223億円)
  • 日本のオークション市場は、2007年で245億円。うち現代アートは34億円。
  • 美術品購入の入り口である版画は、1万円から3万円でそれなりの作品を買うことができる。
  • 一号とはだいたい葉書一枚の大きさ
  • ギャラリーツアーの参加者の7-8割は女性、しかも働く女性が主流。海外旅行やブランドを卒業し、新たなジャンルになってきている。

著者はアートソムリエとして、画廊界にはアートを一般に普及する活動を勧めている。それは、個人向けの講座、シンポジウム、講演会、ギャラリーツアーの主催などの啓蒙活動だ。そして個人向けには、心ある個人の「個人メセナ」を期待している。

おすすめのアートに関するテレビ番組

画廊めぐりに役立つサイト

  • 芸力 http://geiriki.com 全国のギャラリーの展覧会情報が地域別に、そしてタイムリーに見ることができる。

安価なアート作品をボーナス毎に一点づつ買っていくと5年で10点となり、自宅が個人美術館になるそうだ。そしてコレクションという行為は実は編集であり、創造的な行為であるとのことであり、独自の目が重要である。そういったコレクターの目は、その作品を買うか買わないかという真剣勝負で磨かれていく。だから画廊巡りでは、どれを家に持ち帰ろうかという気持ちで見ることが大切だそうだ。

最後に著者が注目している同時代の現代アート作家たちの個人名とその活躍を整理している。村上隆以外には名前を知らなかったが、日本の財産ともいうべき才能たちが多くいる。

サラリーマンコレクターとして30年という年月を過ごしてきた著者には、本物を見分ける目と作家たちを見まもる暖かい心が備わっている。そのことが一貫したスタイルで書き綴ることができるというレベルの高い文章を読む中でわかる。

私自身ここ5年ほど続けて300館に到達しつつある「人物記念館の旅」の参考になることも多かった。

美術界はここに楽しむ側に立つ一人の貴重な解説者を得たようである。

またこの本は、サラリーマンの生き方の一つの優れたモデルを提示したという意味で、この著者を発掘した企画の勝利でもある。