「リー・クアンユー回顧録」(下)のメッセージ

581ページという大部の「リー・クアンユー回顧録」(下巻)を読了。

1965年にマレーシアから分離独立した淡路島、東京23区とほぼ同じ面積を持つ多言語・多国籍からなる人口国家の建設、という途方もない難題に取り組んだ英雄の考え方と足跡がわかる本だった。この国家はマレーシア、インドネシアに囲まれた島国であり、地理的にも気候的にも厳しい環境だった。
マレーシアからの水の供給を断つという脅しに対処するために、イスラエルと台湾から援助を得てゼロから国軍を創設する。英国の撤退、金融センターの創出、労働組合への勝利、住宅供給と健康管理と年金などの公正な分配、共産主義への勝利、中間票の獲得など一連の基本的な政治施策を推し進めた。

多言語社会をどう克服するか。マレー語、中国語、タミール語、英語の4つを公用語と定めた上で国際語である英語ができる人が専門的職業に就け高給を食むことができることを知って自然に英語を使える国民ができあがった。このことが経済の発展とIT技術の浸透につながった。一方で伝統的価値観の保存も必要でそのための措置も講じている。日本はアメリカの影響を受けても日本人のままで勤勉で社会貢献に重きを置いていると評価している。

清潔な政府をどうつくるか。「クリーン行政」を志向しアジアでもっとも汚職の少ない国となった。選挙に多額の資金がいらない政治システムが必要である。多額の資金が必要なら当選後にそれを取り戻そうとするから汚職が蔓延することになる。清潔さを保つためには政治家と政府高官の報酬を有能な他分野の人びととそん色のないレベルにすることが必要だ。日本は世界でもっともお金のかかる選挙システムを持つ国と分析し、公共事業で結びついた建設業者などの企業が協力しているとしている。

マスコミをどう管理するか。外国プレスに免許を与えてシンガポールで誤報や国家打倒のキャンペーンをはることは許していない。

政府をどう運営するか。政府の運営は有能なチームを指揮するオーケストラの指揮者のようなものという考え方で、その時々に最重要な課題を抱えた省に常に最高の人材をあてることにしている。そして目標を設定しあとは任せるが、政府の失敗の責任は首相がとる。今やアジアのハブ空港となったチャンギ空港はわずか6年というスピードで完成している。IT技術の早期導入は競争力を高めた。リー首相は70歳でコンピュータを学んでいる。

1967年に結成した近隣諸国との東南諸国連合、そして1965年に22番目のメンバーとして加盟した英連邦は、シンガポールに多くに利益をもたらしている。アセアンの協力によって1997年からの東アジア経済危機に対処し、英連邦のネットワークによって各国の元首たちから貴重なヒントを得ている。

日本をどう見ているか。
「旧日本軍のシンガポール占領後の残虐行為」を忘れないリーは、「日本は平和的で非軍事的ではあるが、決して本気で悔い改め謝罪しない国である」と言っている。池田勇人から橋本龍太郎まで歴代の首相の印象を語っているが、荒削りでダイヤモンドのような魅力を放っていたと田中角栄首相を評している。歴代の自民党政権は日本の過去と向き合うことはしてこなかった。ドイツ人の行っている歴史教育の方法を学ぶべきだという。日本人は精神の浄化ができていない。毒を取り去っていない。過ちを認め、謝罪し、前進して、より大きな信頼と信用を得てともに前進して欲しい。日本の文化は強靭で知能指数は欧米人より高い。日本はいかなる災難も克服していくだろうが、極端に振れるのが恐い点である。

韓国。肉体的には日本人より頑健だが、まとまりと献身の点では日本人には及ばない。激しい国民で容易に妥協しない。北朝鮮がIT技術の発展にもかかわらず情報統制で国民の世界観を形成することに成功したら非常に危険だと警鐘を鳴らしている。
「朴はムダ話をしなかった。英語を話す20代の彼の娘が、会話をリードした」という記述があった。この娘がパク・クネ次期大統領だ。

中国。人口の4分の3を占める華人の故郷。海外華人はタイ、マレーシア、フィリピン、インドネシアに対して脅威を与えている。アセアンは中国から放送を通じて直接華人に働きかける姿勢を危険な反政府活動ととらえている。とう小平を高く評価。「窓を開ければ新鮮な空気と一緒に蠅や蚊が飛び込んでくる」
日本について、アメリカが頼りにならないとなれば日本は一人歩きを始めるかもしれない。東南アジアの全ての国に対する脅威は増大する。核武装の危険もあると懸念する。
中国は、地域覇権国家の道を選ぶか、国際社会のよき一員として成長の道を歩むかの二者択一の選択になる。今後中国は50年の間に、計画経済から市場経済へ、農村ベースから都市ベースへ、共産主義社会から市民社会への移行である。致命的な問題は汚職である。

よい政治には、よい人間が必要だ。首相は目標と達成期限を明確にする。任せられた人はいちばんいい方法をみつける。人物鑑定でもっとも難しいのは人柄の評価だ。人格がより重要だ。分析力、想像力、現実感覚。大きな観点から事柄や問題を見る能力、問題点を明確にして取り出す能力。

最後に、31年間首相をつとめたりー・クワンユーは「私は運がよかった」と回顧している。仕事、家族、兄弟姉妹の関係もいい。

「アジア太平洋地域の平和と安全は、アメリカ、日本、中国の三角関係次第である」と語っている。バランスが保たれれば地域の将来はよくなりシンガポールは世界に役立っていける。日中関係、日米関係、米中関係。日本への期待は大きいことがこの言葉でわかる。

この分厚い本を読み終えて思うことは、りー・クワンユーは内外に問題を抱える人口国家の建設という難題を見事に解いた稀有の人物であると思う。
問題の設定と解決の道筋の決定と不屈の精神、そして柔軟な修正。優れた人材を使いこなすリーダーシップ。大局的世界観。現実感覚。人物を見抜く目、、。各国首脳の人物評がいい。
日本に対しては、憎悪と尊敬の入り混じった感情を抱いている。日本人の能力と態度には敬意を表してはいるが、その暴発も恐れている。
何よりも過去の謝罪と未来へ向けての繰り返さない方策を求めている。そこから再出発してくれという強いメッセージを受け取った。