「杉山寧」展--素描力と構成力、そして色彩力

日本橋高島屋で開催中の「杉山寧」展を家内と見に行く。
日本画家・杉山寧(1909-1993年)は生涯にわたり、新しいテーマを追いかけた画家だ。日本の風景、牛に裸婦が腰かけた「エウロペ」、孔雀、エジプトの神像、トルコ・マケドニアカッパドキア高原、九州の装飾古墳、花鳥風月、、、と対象は変わるが、綿密な観察と迷いのない実力のある筆致は変わらない。
「素描力と構成力」の双方に優れているという評価があるが、確かに部分を的確に描写する力と空間全体を把握し再構成する力、そして色彩感覚も素晴らしい。

絵のタイトルは、ある時期から一字の漢字を使うようになる。
暦、花。皇。麗。瞳。響。晶。など書ける文字もあるが、ほとんどは書くことができないが風韻のある漢字だ。大冊「朝陽字鑑精粋」を繰りながら題名を考えていた。絵と字が一体となって訴えかけてくる。そういう効果を感じる。

この画家は、安井曾太郎画伯の後を継いで、1956年から1986年まで「文芸春秋」の表紙絵を描いている。30年以上になる。総数は369点だ。文春のあの独特の絵は杉山寧の絵だったのだ。月によって制作法を変えたり、造形性を前面に出したりするなど、一点一点を完成画とした。この仕事以降、制作は大きく展開している。この人は半端な仕事をしない人だ。全力投球の中から何かをつかんでいく。

従来の日本画には「内側から張り出てくる」充実感のある人体・裸婦が描かれていない、と杉山は言う。それは生命力のことだろう。

三島由紀夫と写っている写真があった。長女・瑤子は作家・ミシマの妻だった。山中湖の三島由紀夫記念館に遺品を寄付したのは杉山の娘だったのだ。

杉山は1974年には文化功労者に続いて、文化勲章を受賞する。
この人は1909年生れ。松本清張と同い年。
23歳で最年少で「磯」で特選、25歳で「海女」で二度目の特選を受賞するなど、若い時代から80代まで50年にわたって絵を追求している。

                                      • -

次に竹橋の近代美術館のレストラン(外から入れる)で、満開の桜を眺めながら、急きょ呼び出した娘と3人で食事。

桜満開の皇居東御苑を散策。北詰橋門から桔梗門まで。
「はるや春 天然色の 宴かな」
いい一日だった。