城山三郎「部長の大晩年」--出会いは絶景

城山三郎「部長の大晩年」を読了。

部長の大晩年 (新潮文庫)

部長の大晩年 (新潮文庫)

三菱製紙高砂工場のナンバー3の部長で終えた永田耕衣(1900-97年)は若い時から俳人であった。55歳で定年を迎え、毎日が日曜日の40年以上に及ぶ「晩年」の時間を俳句や書にたっぷりと注ぎ、そして97歳で大往生する。城山三郎の傑作「毎日が日曜日」を豊かに生きた人物の伝記小説だ。

この人は芸術や宗教に徹した人々と深く付き合い、評価される創作活動に励む。一方会社員としてはハンディキャップを背負いながらかなりの昇進を果たし、1955年の定年までつとめあげている。二つの世界が共存し、大いなる晩年に向かって人物が大きくなっていく。

日常の生活ぶり。
句作とエッセイや評論の執筆。主宰する俳句誌の編集。東西の哲学、宗教、文学の読書。書画の制作と収集。骨董と古物の収集と観賞。謡曲と、能の観賞。美術展、美術館めぐり。

  • 大したことは、一身の晩年をいかに立体的に充実して生きつらぬくかということだけである。一切のムダを排除し、秀れた人物に接し、秀れた書を読み、秀れた芸術を教えられ、かつ発見してゆく以外、充実の道はない
  • 老いて新しく得られるもの、加わるものが、いくつもある
  • かつて読んだ内容を別の新しい本で読むのは、復び新鮮無類な泉に口づける感が深い
  • 人間であることが職業なんや
  • 出会いは絶景
  • よいものをよいと見る眼を不断に養わねばならぬ
  • 俳句の「深作」は仕事への熱中から来る
  • 常識を破るのが詩なんや
  • 俳句は奇襲の文芸です
  • 亜晩年、重晩年、秘晩年、露晩年、和晩年、是晩年、呂晩年、綾晩年、些晩年(造語)
  • 旭寿(九に○、その○の中に、一をはめこむと「旭」になる)数えで91歳。

朝顔に百たび問はば母死なむ」
「衰老は水のごと来る夏の海」
無花果を盛る老妻を一廻り」
「コーヒー店永遠に在り秋の月」
「秋雪やいづこ行きても在らぬ人」
「強秋や我に残んの一死在り」
「白梅や天没地没虚空没」
「枯草や住居無くんば命熱し」
「死神と逢う娯しさも杜若」

永田耕衣の晩年は、大いなる晩年であった。

解説の佐高信が、同じ昭和2年生まれの作家が書いた俳人の伝記小説をあげている。藤沢周平の「一茶」、吉村昭の「海も暮れきる」(尾崎放哉)、この2冊を読んでみよう。