図読(ズドク)のすすめ ---知識を知恵に換える創造的読書法

雑誌「人間会議」(2013年夏号)への寄稿。

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図読(ズドク)のすすめ

      • 知識を知恵に換える創造的読書法

○図解コミュニケーション
「図読」という読書法は、論理的な本を対象としています。思想、哲学、ビジネス書などが主たる対象ですから、文学作品は今のところ対象外です。
仕事は基本的には論理であり、仕事の積み重ねがキャリアですから、図読はキャリア形成に役立つための方法です。何のために本を読むのか。それはいかに生きるか、いかに働くか、を考えるためでしょう。
教養を身につけたいと思って、先生や先輩にどうしたらいいかと聞くと、答えは決まって「本を読め」でした。考えてみると今まで膨大な本を読んできました。しかし読んだ本の内容はすぐに忘れてしまう。本棚をみると同じ本が存在していることもあります。内容はもちろんですが、その本を読んだことさえ忘れて買い求めているのです。
どうして読んだ本の内容が頭に残っていないのか。その答えは自分の頭が悪いせいだ、と永年思い込んでいました。しかし、本当にそうなのでしょうか。自分だけではなく、そもそも人間の頭は読んだ本の内容を記憶するほどよくないのではないか。だから読み方を工夫すべきです。
欧米で生まれた理論をそのまま受け売りで説明する風潮がありますが、江戸時代の本居宣長が、こう言っています。
「道をまなぼうとこころざすひとびとは、第一にからごころ、儒のこころをきれいさっぱり洗い去って、やまとたましいを堅固にすることを肝要とする。」「総じて漢籍はことばがうまく、ものの理非を口がしこくいいまわしているから、ひとがつい釣りこまれる。」
「から」(唐)を欧米、「漢籍」をヨコ文字の書物と読み替えれば、今の時代への痛快な批判ともとれます。
 私は「図解コミュニケーション」を提唱してきました。その本質は「考える人間」をつくるためのすぐれた考え方と技術です。
これまでは文章と箇条書きを中心とするコミュニケーション社会でした。文章は自分と他人をごまかすところがあります。企業で企画書を書いたりする場合、中身の議論よりも文章の添削の議論になりがちです。官庁になるとその傾向はもっとひどくなります。本質的な議論は忘れ去られてしまう。
また箇条書きでは、項目同士の大きさもわからないし、重なり具合も示せないし、項目相互の関係も見えません。箇条書きという整理の方法は、ものを考えるのに不十分な手法なのです。
企画・構想・創造といった分野を苦手とするビジネスマンは多い。つまり自分で考えることができる人は少ないということです。書物を読んでも他人の頭を使ってもなぞっているだけで自分で考えたことにはなりません。
 文章と箇条書きにこだわりすぎるあまり、内容そのものに対する理解が不十分な状態で書き、それを受け取った現場が違う解釈をする。そういったトラブルが日本中で起こっているのです。「全体の構造と部分同士の関係」を表現できる図解を用いて気持ち良く問題を解決していきたいものです。
 仕事の本質はコミュニケーションであり、それは「理解」と「企画」と「伝達」のプロセスで成り立っています。理解と伝達は人とのコミュニケーションであり、企画は自分(知識・経験)とのコミュニケーションです。図で人のいう事を理解し、図を用いて自分で考え、その図を使って人に伝える。それさえできれば仕事はうまくいくはずです。図解コミュニケーションを身につければ、物事を理解する力、物事を企画する力、物事を伝達する力が向上するでしょう。

○図読は究極の要約法
本には知識が書いてあります。その知識を読んで覚えたからといって、読んだ本人が賢くなるわけではありません。図にした知識と他の図の大小、重なり、関係を考えていくと、他の本の知識と今読んだ本の知識のつながりが見えてきます。図同士、知識同士の関係を発見したとき、私たちは興奮を覚えることがあります。それが知識が知恵に転化する瞬間です。
 過去の偉人達は大事な本を精読し、自分なりに読書の内容をまとめる術を持っていました。この8年間、全国にある人物記念館を訪ねる旅を続けていますが、偉い人たちがどういうように本を読んできたかを観察する機会があります。
幕末の教育者吉田松陰は長崎、平戸、北九州各地、東北諸国を旅しています。
「読書しつつ、要点を一々抄録する」という勉強法で、平戸では80冊、長崎では26冊を読みました。そして獄中にあっても経学と史学に没頭し1年2ヶ月で492冊を読破しました。松陰は様々の論者の主張同士の関係を自分の頭で考え抜き、その中から独自の思想の体系を築いていったのです。 
要約とは本質です。その要約の方法は、キーワードのメモをとる、文章で大事な部分を書き写す、自分の言葉で言い直す、文章の大意をまとめる、こういったやり方が一般的でしょうが、文章ではなく図解でまとめましょう。図解は究極の要約法なのです。
目の前に山があったら直登すべきです。入門書・解説書というガイドに頼らず、他人の肩車に乗って登らずに、自分の足で書物という山を登りましょう。
 私の場合は、優れた書物を読むときはできるだけA4一枚の図にまとめることを心がけています。これを「図読」と呼んでいます。
 図にするには非常に深い思考をしなければならないので、考える力を養成することになります。知識は深く処理してこそ頭の中に残るものです。
自分で描いた図を見るだけで書物の内容が次々に思い出され、一時間でも二時間でも話をすることができます。これは深く理解している証拠ではないでしょうか。図を蓄積することによって、確実な知識が積みあがっていきます。
授業で学生たちに『日本の論点』(文藝春秋)という厚い本の内容を図解に落とすという最終レポートを課していますが、気鋭の論客たちの長い論文を学生たちは図に転換できる力を身につけていきます。
大学院の授業で経営学ドラッカーの本のエキスを引き出すために院生が一章を一枚の図にしてきたものを全員で読み議論し理解を深めていく輪読図という方法で数冊の本を読み終え出版にこぎつけたこともあります。
本は受動的に読むだけでなく、能動的に読むべきでしょう。図読は相手の論理を読み取るというよりも、自分はこのように理解したということを目指すということですから、読む自分が主役なのです。
また新聞の社説や解説記事を図読する過程で、記事に書いてある以上の内容がわかることがよくあります。記事という材料を使ってさらに高次元の理解に達するのです。記事が100%とすると、自分の力であるテーマに関して120%の理解を得る。この段階では、血湧き肉躍る創造的読書になっています。
浅く処理したものは頭には残りません。深く処理して頭に刻みつける作業が図読です。古典や名著には長い時間をかけて生き延びてきた人類の叡智が宿っています。そういった「不易」の書物こそ読むべきです。「古典を読め」とはよく言われることですが、その読み方がポイントなのです。

○図読の方法
 では、本の内容をどうやって図にするか。
まず目で字を追うだけでなく、大事だと思う部分に線を引きながら引きながら読みます。
 そして、2回目に読むときには、その線を引いた文章の中でさらに大事と思われる言葉、すなわちキーワードをマルで囲みます。
最終的に、その大事なキーワードを、全体として辻褄が合うように関係づけて体系的に並べて完成させます。
 図読においては、マルと矢印が重要な役割を担っています。例えばAというキーワードとBというキーワードの関係性が理解できるときは、どちらからか矢印を引きましょう。矢印がうまくつながらないところは疑問点です。線を引いた横に「?」と入れておきます。筆者の見解と自分の意見が違うときは矢印の方向を逆転させてみましょう。
図読を行うと「理解できる点」(理解)と「疑問な点」(疑問)と「意見が違う点」(反論)が自然に出てきますから、本の内容をこの3つに分けていくことを心掛けていく。それが自分で考えたことになるのです。
 図はキーワードを重要視するので、図読をしようとするとキーワードを選ぶ能力が向上します。言葉が少ない分ぴったりの言葉を考えようとするからです。コピーライター的能力が上がるのです。それは実はリーダーの能力です。リーダーは目の前の状況を一言でみんなに伝える能力がなければなりません。すぐれたリーダーはみんな言葉の魔術師です。
 人の言ったことをツギハギして自分の意見にするのが多くの人のやることですが、それでは考える人になることはできませんし、オリジナリティは出てきません。
また、図を描けるようになると文章を書くのも楽になり、上手になります。
 企画書などは中身を先に図で確定し、次にその図を設計図のように使って文章を書こうとすると、不思議なことにすらすら書けるようになります。
 仕事をするということは、平坦な道を歩くのではなく、山登りしていると考えるといいと思います。企業に入って10年も経てば多少見晴らしが良くなってきます。業界のことがわかるようになったり、お客さんのことがわかるようになってきます。20年経てば経営がかなりの程度わかるようになるし、社長になれば全て見えるようになります。
 七合目にいる部長と三合目にいる平社員で話が通じないのは、見えている景色が違うのだから当たり前です。上から見ると部下の足元に大きい石があり、その石は浮いていて足をかけると危険であることがわかっていますから、注意したくなるのです。しかし下にいる人には見えないから、なぜ上司がそういうことを言うのかわかりません。
 そういうとき、上の人は自分が見えている景色を、下の人にも情報を整理して見せてやることです。それが情報の共有です。景色の情報は、文章でうまく表現できないことも多いので、図で同じ景色を見せれば、双方の理解に齟齬が少なくなり、同じ判断がなされ、スムーズに合意が形成されていくでしょう。 
読書だけでなく、幅広く仕事の場面で活用してほしいと思います。
ある表現法を開発した人は、多くの場合その方法で世界のすべてを描こうとするようです。漫画、絵画、人形などで突き抜けた人たちは、歴史と地理を縦横に見つめて、世界をまるごと表現することに挑戦しています。
私もこれにならって現在「図解・日本史」を執筆中です。江戸時代の成立をテーマとした図解の原案を載せておきます。

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スイミング500メートル(平泳ぎとクロール)。