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学問は飛耳長目への道である

夜は、横浜でJAL同期の環君と私の弟と3人で懇親。

 

「名言との対話」10月27日。吉田松陰

「凡そ人一日この世にあれば、一日の食を喰らい、一日の衣を着、一日の家に居る。なんぞ一日の学問、一日の事業を励まざらんや。」

  • 幕末の勤王家・思想家・教育者。長州生。江戸に出て、安積艮斎、山鹿素水、佐久間象山らに学ぶ。安政元年下田の米艦に搭乗を計り失敗、投獄ののち生家に幽閉されるが、ここで松下村塾を開く。討幕論を唱え、老中間部詮勝暗殺を画策して投獄され、安政の大獄により獄中で刑死した。安政6年(1859)歿、享年30。「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置まし大和魂」が有名な辞世の句だ。
  • 松蔭は日本中を歩き当代の一流の人物に会って学んだ。長崎、平戸、北九州各地、東北諸国。東北では藩の通行証の発行を待ちきれず、脱藩するまでしている。
  • 松陰の松下村塾で学んだ人物たちをあげる。久坂玄瑞(1840-64年)。高杉晋作(1839-67年)木戸孝充(1833-77年)。前原一誠(1834-76年)。伊藤博文(1841-1909年)。山県有朋(1838-1922年)。品川弥二郎(1843−1900年)。山田顕義(1844-1892年)、、。わずか2年でこういう人物を指導し、感銘を与え、発憤を促したことは驚くほかはない。教育というものの力を感じさせる。
  • 「凡そ生まれて人たらば宜しく禽獣に異なる所以を知るべし」と言い、学問を「飛耳長目」のへ道と考えた松陰は、「読書しつつ、要点を一々抄録する」という勉強法で、平戸では80冊、長崎では26冊を読んだ。そして獄中にあっても経学と史学に没頭し1年2ヶ月で492冊を読破している。松陰は様々の論者の主張同士の関係を自分の頭で考え抜き、その中から独自の思想の体系を築いていった。その松陰の勉強法は、「読書しつつ、要点を一一抄録する」ことであった。

 

「副学長日誌20161027」

  • 宮地事務局長:グローバルスタディーズ学部
  • 川手総務課長・水嶋教務課長と定例打ち合わせ
  • 松本先生:大いなる多摩学会。BS多摩運営委員会。多摩大セレクション文庫。
  • 金先生
  • T-Studioの久保田先生のペッパー君を使ったセミナーに参加。20数人。

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  • リレー講座:志賀先生「イノベーション
  • グローバルスタディーズ学部の安田学部長と電話。
  • 高橋さんの紹介で、島根からお客さんが二人。「彩雲堂」の山口専務、ITコーディネータの濱崎さん。

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  • 趙先生:大学院