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春原剛「ヒラリー・クリントン--その政策・信条・人脈」(新潮新書)

春原剛「ヒラリー・クリントン--その政策・信条・人脈」(新潮新書)を読了。
ヒラリー・クリントン ―その政策・信条・人脈― (新潮新書)
史上最も嫌われた女性と史上最悪の男の戦いとなったアメリカ大統領選。
ヒラリーが勝ったらどうなるかを考えながら読んだ。
「健康」に問題を抱えていると思われるヒラリーは大統領選、そして世界一の激務に耐えられるだろうか。

「名言との対話」11月4日。原敬

  • 「天下の憂いは勢いを知らざるより大なるはなく、而して治国の要は勢いを察するより急なるはなし」
    • 原 敬(安政3年2月9日(1856年3月15日--- 大正10年(1921年)11月4日)は、日本の外交官、政治家。大正10年(1921年)11月4日、東京駅丸の内南口コンコースにて、大塚駅の駅員であった右翼青年・中岡艮一に襲撃され殺害された。満65歳没。
    • 「死去の際位階勲等の付与は余の絶対に好まざる所なれば死去せば即刻発表すべし」「墓石の表面には余の姓名の外戒名は勿論位階勲等も記すに及ばず」など原の政治を行う決意をうかがい知れる言葉がある。その言葉どおり原敬の墓は「原敬墓」である。再婚した妻の墓も隣に「原浅墓」とある。そして家族に対しては原は事前に「家計は現在の財産より生ずる利益利息等の収入により質素に之を営むべし」と諭していた。準備のいい人だ。
    • 原敬は、62歳から65歳までの3年2ヶ月の間、総理を務めた。爵位を持たない衆議院議員が首相になったのは初めてで世間は平民宰相といって歓迎した。藩閥、官僚、貴族院の勢力を排して完全な政友会内閣を組織した。藩閥の弱体化、軍閥の弱体化(文官任用)、政党政治の確立、高等教育機関の大増設、狭軌地方線の拡大、臨時国語調査会の設置、選挙資格の拡大、文官登用にあたり自由任用範囲の拡大、アメリカ重視、シベリア撤兵、中国との関係改善、国際連盟常任理事国、皇太子の外遊(暗殺の原因)など、仕事師宰相だった。
    • 何といっても19才から65歳までの日記83冊の「原敬日記」の存在が凄い。遺書には「余の日記は、数十年後はとにかくなれども、当分世間に出すべからず、余の遺物中この日記は最も大切なるものとして永く保存すべし」とあった。このため本箱ごと故郷の盛岡に送られ、保存されていたため、関東大震災にも東京大空襲にもあわずに後世に遺すことができた。この日記は没後30年たった1950年に公開されて、出版された。原はどうやってこの日記を書き続けてきたのだろうか。毎日、簡単なメモを取っていてそれを材料に一週間に一回詳細にきちんとまとめていた。パソコンやブログのような便利なツールがない時代に、激務の中で継続して書き続けた意志力には感銘を受ける。
    • さて、冒頭の天下論だ。天下の形勢を掴には、「勢い」という得体の知れない気体のようなを知り、察することが判断を誤らないことが肝要だという意味である。時代の勢いに真正面から向かっても勝てるはずはない。勢いに乗って時代のテーマに沿った仕事をすればいいということだろう。

「副学長日誌「志塾の風」161104」