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平松洋子「野蛮な読書」

平松洋子「野蛮な読書」(集英社文庫)を読了。

 

野蛮な読書 (集英社文庫)

食や暮らしの分野で人気の著者の読書エッセイ集。

100冊以上を俎上に載せている。講談社エッセイ賞受賞作。

 

第2章「わたし、おののいたんです」を中心に読む。

対象の著者は、宇能鴻一郎池部良獅子文六沢村貞子。紹介されている本で気になったものを以下にあげる。

 

宇能鴻一郎。「鯨神」。「味な旅 舌の旅」。

 

池部良。「風の食い物」。「映画俳優 池部良」。「酒あるいは人」。池部良の手料理」。「つきましては、女を」。「窓を開けると」。

 

獅子文六。「てんやわんや」。「私の食べ歩きの食べ歩き」。「飲み食い書く」。「好食つれづれ草」。「食味歳時記」。「愚者の楽園」。

 

沢村貞子。「貝のうた」「わたしの献立日記」老いの語らい」。「老いの道づれ」。57歳から26年にわたる献立日記の存在が圧巻だ。

 

他。

山田風太郎。「あと千回の晩飯」。

 

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「名言との対話」11月5日。本居宣長

「しょせん学問はただ年月長く、うまずおこたらずに、はげみつとめることが肝要である。まなび方はいかようにしてもよいだろう。」

--宣長は記録魔だった。日記は、自分の生まれた日まで遡って書き、亡くなる二週間前まで書き続けていて、「遺言書」を書いて葬式のやり方から墓所の位置まで一切を支持している。日記には、あらゆる日常が記されている。日々の天候、社寺参詣の事、身辺の冠婚葬祭、歌会、講義、会読、自己及び家族近親の往来、旅行、病気、書簡の往来、町内の些事、出産等の慶事の記録。幕府・藩侯からのお触れ、天変地異、火事、寺院の開帳、芝居の興行。皇室をはじめ、幕府・藩の高官の動向、大坂・江戸・京都の様子、参宮などの往来。毎年の記載の終わりには米価の相場も記録していた。

--宣長は学問において、最も重要なことは「継続」であると考えていた。そのためには生活の安定が大事だと考えていた。彼の生活スタイルは、昼は町医者としての医術、夜は門人への講釈、そして深夜におよぶ書斎での学問だった。多忙な中で学問をするために、宣長は「時間管理」に傾注する。近所や親戚との付き合いをそつなくこなし、支出を省く。そうやって時間を捻出し、金をつくり書物を買い、そして学問の道に励んだ。学問する環境をいかに整えていったか、そして日常生活をいかに効率的に過ごすかというマニュアルが膨大に残っている。

  • 「道をまなぼうとこころざすひとびとは、第一にからごころ、儒のこころをきれいさっぱり洗い去って、やまとたましいを堅固にすることを肝要とする。」
  • 「総じて漢籍はことばがうまく、ものの理非を口がしこくいいまわしているから、ひとがつい釣りこまれる。
  • 才のとぼしいこと、まなぶことの晩(おそ)いこと、暇のないことなんぞによって、こころくじけて、やめてはならぬ。なににしても、つとめさえすれば、事はできるとおもってよい。
  • 主として奉ずるところをきめて、かならずその奥をきわめつくそうと、はじめよりこころざしを高く大きく立てて、つとめまなばなくてはならぬ。

--自らのテーマに沿って、あらゆる言い訳はしないで、うまず、たゆまず、学んでいくことが大事であると宣長はいう。35歳の時に着手した「古事記伝」全44巻を、35年の歳月をかけて70歳で完遂し、翌年亡くなっている。この本居宣長の言葉だけに納得感が深い。