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三菱一号館美術館「拝啓 ルノワール先生」。

先日、三菱一号館美術館で開催中の「拝啓 ルノワール先生」展を観てきた。

 

日本近代洋画を代表する梅原龍三郎(1888-1986)は、20世紀初頭にフランスの国民的画家となっていたルノワール(1841-1919)との出会いから、終生彼に師事していた。

37歳の年齢差であった。20歳で渡仏した梅原は南フランスのルノワールの自宅・アトリエを訪問し親しくなる。その時「さあさあ奮発せん。私は彼に見られるに値する。私は彼の芸術をあまりに愛する。彼はそれを知らねばならぬ。」と自身を励ましている。

5年間の留学中、世界的巨匠に学ぶという得がたい経験をする。そして帰国後も梅原は日本にルノワールを紹介し、またルノワールと手紙のやりとりを続けている。

梅原は帰国後、東洋(桃山・琳派・南画)と西洋(油彩画)の美の融合を目指し、絢爛な色彩と豪放な筆さばきでで装飾的な独自の画境を拓き、日本洋画界の重鎮となった。

この企画展はそういったルノワール梅原龍三郎の交流を紹介したものであり、魂の触れあった美しいして関係を知ることができる。

以下、ルノワールが梅原に語った言葉。

  • 「君は色彩を持つ、デッサンは勉強で補うことが出来るものだが、色彩はタンペランマン(体質)によるものだ、それのあるのが甚だいい。」
  • 「何でも手当たり次第に写生せよ、、5分間を失わずかけ、、、、そして時々美術館に行け、、少し模写を試みることもよい」
  • 「画を成すものは手でない。眼だ、自然をよくご覧なさい、、、。」
  • 「人は富むに従って不幸になるものだ。」

参考資料:「拝啓 ノワール先生」(三菱一号館美術館)。「梅原龍三郎とルにワール」(島田華子)

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「名言との対話」11月29日。王陽明

「山中の賊を破るは易し。心中の賊を破るは難し。」

[1472〜1528]中国、明代の思想家。宸濠(しんごう)の乱を平定した功により、新建伯に封ぜられた。陸九淵の学をうけ継ぎ、知行合一説・致良知説を主張して一派を成し、王学・陽明学と呼ばれる。

陽明学の祖である王陽明は、実務の間、反乱鎮定の間に帷幕のなかで学問と教育を行った。到る所が学問と講学の場であった。生きた正学だ。これが活学である。
明代に生まれた陽明学は江戸時代初頭に伝来し、中江藤樹に始まる陽明学者に学び継がれた。熊沢蛮山、大塩中斎、佐藤一斎、、。そして安岡生篤によってよみがえった人間学である。

 

  • 誰もが持っている良知を発揮することが致良知であり、それを実践するのが知行合一である。
  • 知者は惑わず 仁者は憂えず
  • 冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、激に耐え、躁がわず、競わず、随わず、以って、大事を成べし
  • 職務に即して学を進めるべきだ。それこそが真の格物、つまり物を格す(ただす)ことだ
  • 人間の活動はすべてが事上練磨の対象。工夫を重ねることによって良知が磨かれる
  • 平天下、治国、斉家、修身、正心、誠意、到知、格物
  • 狂者(よいと思うことを行き過ぎを懼れずに行う者)

形のある、目で見える敵を倒すことは難しくはない。しかし、心の中に生ずる暗雲を払い去ることはなかなか難しいことだ。そう王陽明は冒頭の言葉で語っている。名将であったあった王陽明の言葉だけに重いものがある。心中の敵を破るにはどうしたらよいのか。仕事に即して、事上錬磨し、工夫を重ね、良知を発揮する。知行合一が歩むべき道であろう。

 

「副学長日誌・志塾の風161129」

近藤秘書とスケジュール調整

杉本係長:戦略会議の打ち合わせ

高野課長:各種打ち合わせ

その子先生:シラバス