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「谷沢永一 二巻選集下 精選人間通」(鷲田小彌太偏)

 「谷沢永一 二巻選集下 精選人間通」(鷲田小彌太偏)を読了。

 

谷沢永一 二巻選集 下 精撰人間通

大判400ページの大著。

読書通であるから歴史通になり、歴史通の本質である人間通になり、その目で現代を見つめるから時評通になった谷沢永一を魅力を堪能できる快著だ。

谷沢永一は人間としての本物を見分け、そうでない偽物には徹底して650字で弾劾を加えた。谷沢からターゲットにされたら、もはや逃げ道はないと恐れられた。

 批判の俎上にのぼったのは、森鴎外山本健吉丸山真男羽仁五郎佐藤信夫、、。

 

人物論。

「才能ある人物のやむを得ない人間的欠点を、鋭く、しかし暖かく、距離をおいて見るのが、本当の人間通ではないか。」

「人生の最大の楽しみは、いり豆をかんで古今の英雄をののることだ、と言ったのは荻生徂徠だ。」

 

  •  「明治文学全集」92「明治人物論集」(筑摩書房)

 

谷沢が優れた学識、生き方で尊敬している人。

 人間通で人物評論の嚆矢としてあげているのは、以下。

  • 三宅雪嶺。「人間観察の透徹において、まさに古今独歩、まったく無類の存在であった。」
  • 司馬遼太郎。「司馬人間通史観」「人の生き方を支えた素志に同情し、観察の光源を暖色に調節しながら、躍動する人物の見えない部分を透視するべく務めたのである。」

 

人物論で、読むべき本がわかった。

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 今日の収穫。

中村稔。89歳。

千葉県木更津市生まれ。父・光三は、尾崎秀実リヒャルト・ゾルゲ予審担当の主任判事第一高等学校を経て、1950年、東京大学法学部卒。大学在学中に司法試験に合格し、1952年弁護士・弁理士登録。1946年『世代』に参加、1950年第一詩集『無言歌』を刊行。1967年詩集『鵜原抄』で高村光太郎賞、1977年詩集『羽虫の飛ぶ風景』で読売文学賞(詩歌俳句部門)、1988年『中村稔詩集 1944-1986』で芸術選奨文部大臣賞、1992年『束の間の幻影』で読売文学賞(評論・伝記)、1996年『浮泛漂蕩』で藤村記念歴程賞、98年日本芸術院会員、『私の昭和史』に至る業績で2004年度朝日賞、2005年『私の昭和史』で毎日芸術賞井上靖記念文化賞受賞。2006年から10年まで芸術院第二部長。2010年、文化功労者宮沢賢治中原中也の評論・伝記は複数著した。日本近代文学館理事長を経て名誉館長。弁護士・弁理士としては、知的財産法一般を専門とする。1952年に中松澗之助が代表者であった中松特許法律事務所(現中村合同特許法律事務所)に入所。中松の急逝後の1974年から1993年まで、中村合同特許法律事務所代表パートナーを務め、現在は同事務所パートナー。日本弁護士連合会無体財産権制度委員会委員長(1979年 - 1981年)、国際知的財産保護協会本部執行委員(1966年 - 1991年)、日本商標協会会長(1988年 - 1995年)などを歴任し、「知財の中村」と称されている。

中村稔は2016年現在89歳。2月「萩原朔太郎論」4月「西鶴を読む」7月「読書の愉しみ」秋:詩集「言葉について」と数ヶ月おきに著書が出版されている。90歳になる2017年んは、「高村光太郎論」や「石川啄木論」を用意している。弁護士としての実績、詩人としての功績もさることながら、高齢の今でも創作意欲はますます盛んである。一つのモデルだ。

 

「名言との対話」12月4日。荻村伊智郎

「51%の確率で入ると判断したボールはすべてスマッシュをしていく」

1932ー1994年。日本の卓球選手、指導者。国際卓球連盟会長。静岡県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。全日本卓球男子シングルス優勝、世界卓球選手権優勝など輝かしい成績を残す。その後、指導者として国際的な卓球の普及に尽力。世界卓球殿堂入りを果たした。周恩来と会談し1971年の世界卓球選手権名古屋大会への中国復帰、1991年の統一コリアチームの出場を実現させるなど高い手腕を発揮している。

「皿洗いのバイトをしたときに、バイトだから適当にやればいいやという人は、絶対に適当なレベルまでしかいきません。バイトの皿洗いでも世界一になろうという人は、ビジネスの世界でもそうそうのところへいくということです」

「ゲームが終わったならば、おたがいに自分のベストを尽くしたのですから、まずは相手にあいさつしましょう。それは礼でもいいし握手でもいいのです。それから自分のベンチを見るとか、いっしょに喜ぶとか、タオルを取りに行くとかいう人のほうが好きです」

一流選手同士の戦いではミスをしないようにすれば五分五分となる。しかしそれでは勝つことはできない。決定率100%のスマッシュを武器とし、51%の確率で相手コートに打ち込むことができれば、フルセットの最後に勝つことができるというのが荻村の考えだった。凡ミスをしないという徹底した守りの基本技術、決定率100%というスマッシュを打ち込む精度の高い攻めの技術、その上で相手コートに打ち込んで入る確率が51%以上あれば勝てるという。今なお荻村杯に名をとどめる天才の言葉をかみしめたい。