読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

矢部宏治「日本はなぜ、『戦争ができる国』になったのか」

矢部宏治「日本はなぜ、『戦争ができる国』になったのか」(集英社インターナショナル)を読了。

日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか

日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか

注目の論客・矢部宏治の「日本はなぜ、『基地』と『原発』を止められないのか」に続く衝撃の書・第二弾。

前作は、「沖縄」と「福島」に関する疑問を追いながら、戦後体制を検証した力作である。
今作は、戦後史の中でも1945年の敗戦から1952年の平和条約締結までの米軍占領期の闇に迫った力作だった。

結論は、日本の現状は「戦後体制の継続」だったのでは無く、さらに悪い「占領下の戦時体制(戦争協力体制)の継続」である。

この体制の終焉は、日本人がきちんとした政権をつくり、占領下で始まった米軍の戦争協力体制をやめようとアメリカに主張すれば実現できる、という。

密約の4重構造は、平和条約・旧安保条約・行政協定・日米合同委員会(秘密協議)となっている。
以下のように、二つの密約の体系がある。

基地権密約=米軍が日本の基地を自由に使うための密約。日本の国土全体を米軍基地として自由に使う権利を持つための密約の体系。駐屯ではなく米軍を配備する権利を持つ。

指揮権密約=米軍が日本の軍隊を自由に使うための密約。安保関連法によって、指揮権密約を残したままで日本が海外で軍事行動を行うようになると、日本の防衛とは関係ない場所で、米軍の指示のもとで軍事行動に従事させられる可能性が高まり、戦争の当事者になる可能性が飛躍的に高まる。

  • 「戦争になったら、日本軍は米軍の指揮下に入る」という密約を1952年に吉田首相が結んだ。
  • 米軍の指揮下でしか動けない。アメリカと敵対関係になったら何もできないしくみ。
  • 日本に返還したのは民政であり、軍政ではない。

巻末の参考文献の主要なものを全部読まねばならない。

「名言との対話」7月8日。

  • 「飯は外で自分より偉そうな奴と食うものだ」
    • 党人派政治家の代表・河野 一郎(1898年(明治31年)6月2日 - 1965年(昭和40年)7月8日)は、日本の政治家。元副総理格国務大臣(格無任所大臣日本自由党幹事長、自由民主党総務会長。財界四天王が邪魔をしなければ内閣総理大臣になれたと言われる実力者だった。河野派会長。自由民主党の党人派の代表格として権勢を誇り、その政治行動は「横紙破り」と呼ばれた。
    • 「大学を出てからの10年、20年、二十代、三十代をどういうふうにして送るかということが、人間をつくる上において一番大事なことだと思う。」
    • 新聞に首相の一日を負う「首相動静」などの欄があり、私はその欄の愛読者だ。長命な総理であった、中曽根さんと小泉さんの一日の過ごし方の特徴は、夜の時間にあった。昼間は激務の連続なのはいつの時代も同じだが、夜の過ごし方には差がある。この二人は、様々な分野のトップランクの人と会って食事をしていた。総理として虚心坦懐に同時代のあらゆる分野の優れた人と会い、その知見と知恵に接するようにしていたのだろう。中曽根さんは座禅もやっていた。最近の短命総理の夜は、仲間内の政治家と群れていたという印象がある。それが結局、視野の狭さにつながり、短命に終わる原因のような気がしている。
    • 息子の河野太郎は父・河野一郎が「政治家は自分より偉そうな奴と飯を食うものだ」と言われたというが、そういう心がけは昔の政治家にはあったようだ。若い頃、このエピソードを聞いて、参考にしたことがある。政治家という言葉を、志ある者、に置きかえたい。