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寺島実郎「中東エネルギー地政学」(東洋経済)

寺島実郎「中東エネルギー地政学」(東洋経済)を読了。

1973年に早稲田大の修士を卒業し、三井物産に入社して以来、イランでのIJPCプロジェクトをきっかけに中東、アメリカを中心に欧州など、世界と深く深くかかわってきた寺島が、自身が関わってきた世界との関連で自己を語っている。
戦後、海外派兵をしなくなった日本で、ピーク時は3500人もの邦人がイランで働いていた戦後最大の海外プロジェクトであるIJPCプロジェクトは、イラン革命、イラン・イラク戦争の荒波に翻弄され、潰れ三井物産は危機に陥る。中東の専門家との不在とアラブ筋の情報に偏った世界観で無謀に推進したプロジェクトに取り組む中から、イスラエル、そして強いつながりを持つアメリカ、そして欧州の目線へと寺島の視界は広がっていく。そして日本の立ち位置のと未来へ向けての構想を描く。その過程を誠実に記していて深い感銘を受ける本だ。
この数十年の誠実な知的活動と人脈形成の中ではぐくまれたインテリジェンスが、現在の旺盛な知的活動を支えている。
読者は寺島の経験を追体験することで、日本人のブラックボックスであった中東と、石油を中心とするエネルギーからで見た戦後日本の歴史の全貌を見ることができる。また、これからの日本のエネルギー政策のあり方、中東との関わりのあり方について、方向感を確認できる。
世界が近代に移行するきっかけとなった400年前のウエストファリア条約から大転換期である現代という視座から、宗教対立の復活、グローバル・ジハードの展開、エネルギーとしての原子力の扱い方、失敗の続くアメリカの外交政策など、現代を動かす重要な要素のそれぞれがどう絡み合っているかを読み解いていく名著だ。

中央公論の寺島論文「我ら戦後世代の坂の上の雲」を読み衝撃を受け、その数年後に偶然本人と接触し、それ以来30数年が経った。この間、私は東京、ニューヨーク、ワシントン、仙台、東京で寺島ウオッチャーとして並走してきた。その間に、聞いたこと、見たことなど、思い当たるところが多い。
仕事に真正面から取り組み、苦闘する中から、知的巨人が誕生する物語である。
自分史と戦後史、そして世界史をきっちりと関係づけた奥行きの深い本となっている。

今日はまず第一弾として、インテリジェンスを獲得するために寺島がどのような心構えと方法で迫ったかをピックアップしたい。

  • 孤独なフィールドワークの積み上げと、文献研究が視界に化学反応を起こした。
  • 坂の上の雲」から7年間、論考を書くことをやめて、沈黙せざるを得なくなった。
  • 教養を高めるための情報とサバイバルファクターとして死にもの狂いで収集・分析している情報は別物ということに気づく。物事は色々な要素の相関の中で多面的・重層的に考えなければ本質には迫れないことを思い知る。
  • 知的三角測量。
  • イスラエルの史跡巡り、色々な人々との話し合い。
  • 空港ではその空港が世界のどの空港とつながっているかを確認する。二国間と二都市間の親密度がわかる。
  • 出張の前に徹底した準備。書籍、文献、論文、歴史書。調べればわかるようなことは事前に頭に入れておくのは必須。複眼的視座の構築。問題解決のために本当に価値ある情報を救いあげることができる知的能力がインテリジェンスだ。
  • 文献とフィールドワーク。自分の見たものを整理し、新しい時代認識、世界認識を踏み固めて発信する。
  • 会社の末席を担いながら、心中期すものがあって何かを蓄積していく。
  • ワシントンの日本人の足跡を訪ね歩いた。
  • 私自身の立ち位置はどこにあり、どこに定めるべきか、自問自答を繰り返す。
  • 「マージナルマン」として生きる覚悟。組織に軸足を置きながら、組織を客観視する視界を持ち、内と外との緊張感野中で生き抜く人間。この緊張が課題解決に向けて創造を生む。
  • 定点観測。毎年最低10回の海外出張。70ヶ国を訪問。大事な国には波状的に何度も足を運ぶ。
  • 自分の存在目的を見つめ、あるべき社会、実現すべき価値を求めて、筋道だった生き方で、自分の役割を果たす。
  • 九段の寺島文庫には地理・歴史、国際交流に関する書籍が6万冊。

「名言との対話」8月31日。菊池庄次郎。

  • 「経営者は優れた教育者でなければならない」
    • 1912−1984年。日本の経営者。「日本郵船」社長・会長。宮城県出身。東京帝国大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。サンフランシスコ支店長、取締役営業部長、常務、専務、副社長などを経て社長に就任。そのほか、経済団体連合会常任理事、日本開発銀行参与、日本船主協会会長、経済同友会副代表幹事などを務めた。昭和59年8月31日死去。72歳。
    • 冒頭の言葉の前には「企業の盛衰を決めるのは、結局は企業を構成する人間集団である。輝かしい伝統も、優れた組織や強力な蓄積も、その時々の担い手次第で、槿花一朝の夢となる。したがって企業にとっては、人材育成が何にも増して重要なテーマであり、」という言葉がある。経営者はもちろんだが、企業の管理者も自分は教育者であるという意識がなくては人間集団として組み上がった組織を十全にまわすことはできないと思う。手間をかけて時間をかけて人をつくっていくことが迂遠なようであるが結局は近道なのだ。そういう意味からはこの菊池庄次郎の名言に共感する。


9時

  • 杉本係長:戦略会議の打ち合わせ。
  • 杉田先生:フットサル全国大会の様子を聞く。今後についても相談。
  • 高野課長:大学院。

12時:赤坂の野田一夫事務所を訪問。仙台の富田さんと葛西さん、浅井さん。