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郷里の同人誌「邪馬台」の創刊50周年号が届く。

郷里の同人誌「邪馬台」が届く。
創刊50周年記念号。年4回発行だから、きっちり通算200号。
この50年間、一度の欠配、遅配もない。これは奇跡といっても良いと思う。快挙である。

代表編集委員の私の母親・久恒敬子(89歳)は『邪馬台』と共に歩んで」で次のように振り返っている。

  • 「子育てが終わって、誘われるまま同人となった。ただ短歌が好きで、本格的に始めたのが40歳になってだから、決して早くはない。むしろ遅きに失したかと思っていたが、しかし、これも50年たった。昭和57年に編集委員になった。」
  • 「何事でもひとついのことを究めてゆくと、いつか地下水を掘りあてることができるということを「邪馬台」と共に歩んできてつくづく感じている。」

高齢社会を生きるモデルが、ここにある。

私がこの「邪馬台」に最初に「青春記」を投稿したのは、30代だったと思う。
それ以来、断続的に文章を書いてきた。
最近では「人物記念館の旅」、「読書悠々」など、常連となっている。


パンフレット。

  • 歴代編集委員。久恒啓子も。
  • 第29回総会の写真は、第29回総会時(1994年6月18日。JAL時代)の私の講演風景だった。講演テーマは「ライフプランは100歳まで」。

今号は「読書悠々」も11回目で、「注目の女性作家の作品を味わう」。

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中国出張中のブログに写真を追加するなど編集作業。


「名言との対話」9月16日。大杉栄

  • 「一犯一語」
    • 大杉 栄(1885年(明治18年)1月17日 - 1923年(大正12年)9月16日)は、思想家、作家、ジャーナリスト、社会運動家
    • 大杉は22歳をから、電車事件から、屋上演説事件、赤旗事件に至るまでたびたび監獄に入った。長い刑期を有益に過ごすため、「一犯一語」の原則を立てる。一つ犯罪を犯し監獄に入るたびに、一つの語学ヲマスターしようという腹である。エスペラント語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語、、。3ヶ月で初歩を終えて、6ヶ月では辞書なしで本が読めた。
    • 大杉は関東大震災が発生したとき「地震のおかげで原稿の催促をされなくなって助かったよ」とのんびり構えていたが、自宅で甘粕憲兵大尉らにつかまる、その夜のうちに惨殺されて井戸に放り込まれた。
    • 大杉栄は、賀川豊彦からファーブルのことを聞いて興味を持った。賀川は弱肉強食の理論書のように悪用されたダーウニズズムに対抗するためにファーブルを持ち出したのである。関東大震災当時の大杉はファーブルの「昆虫記」の訳を手がけていたが、第1巻しか訳すことはできなかった。
    • 「一犯一語」とは人を食ったスローガンである。逆境を逆手にとって勉強したのだ。病気がちの人はここから学べばよい。ビジネスマン時代、私は「一仕事一作品」という原則を持っていた。2-3年で変わる職場毎に、何か仕事のテーマに関する知的生産物を残そうという意思であったが、自身の成長のためには良かったように思う。「一犯一語」は大杉栄らしい原則だが、我々はこれにならって、原則を持つべきだろう。