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日本列島と日本人

国立科学博物館海部陽介氏の文藝春秋10月号の「日本人3万年前の航海を再現した」による日本列島と日本への人類の渡航の様子。

  • 約700万年前にアフリカで始まった。アフリカで「初期の猿人」「猿人」「原人」「旧人」、そして「新人」(ホモ・サピエンス)の順に人類は進化した。
  • アジアには186万年前後に原人が到着。30万年前頃に旧人が出現。両者が共存していた時期もあた。
  • 日本には原人・旧人の骨は日本には確認されていない。旧石器時代の遺跡が3.8万年前を起点に爆発的に増加していることから、この時期に日本に人類がやってきたとわかる。
  • 5万-3万年前の日本列島は、氷期のため海面は現在より80m低く陸地が広かった。
    • 中国大陸と台湾は一体となっっていた。
    • 日本列島は本州・四国・九州が一体の「古本州島」を形成していた。
    • 対馬朝鮮半島との間は、数キロ程度の狭い海峡だった。
    • 北海道はユーラシア大陸は地続きだった。
    • 沖縄の多くの島は孤立していた。石垣島西表島は合体。

今日のオーディブル
池波正太郎「麻布ねずみ坂」

麻布ねずみ坂(鬼平犯科帳より)

麻布ねずみ坂(鬼平犯科帳より)

「かの〔土蜘蛛の万五郎〕を癒やして治療代五十両を得た指圧師・中村宗仙(『埋蔵金千両』)。高い治療代をとるという噂だったが、その暮らしぶりはごく質素であった「”…おそらく千両はあるだろうな」金策に苦しむ同心の山田市太郎は、貯めこまれているだろう金を思って妄想を禁じられずにいた。しかし宗仙にも深い事情があったのである。、、、」

「名言との対話」9月20日。鈴木梅太郎

  • 「放っておいても一人前にやってゆく連中は心配しないが、そうでない教え子ほど可愛い、、」
    • 鈴木 梅太郎(1874年4月7日 - 1943年9月20日)は、戦前の日本の農芸化学者。米糠を脚気の予防に使えることを発見した事で有名。勲等は勲一等瑞宝章東京帝国大学名誉教授、理化学研究所設立者。帝国学士院会員。文化勲章受章者。享年69。
    • 毎年1000人以上が脚気で死亡していた時代に、米糠が効くことを発見し、それ以来脚気による死者が激減した。またビタミンの発見者でもあり、抜群の業績からノーベル賞候補にもなった。
    • 鈴木は研究者として超一流だっただけでなく、教え子1000人を数える大教育者でもあった。研究面では「独創は学問といわず実業界その他あらゆる面で最高の指針だ。」という言葉も残しているが、冒頭の言葉以外にも 「途中で止めては何もならない」など教育者としての言葉もなかなかいい。
    • 半年遅れの9月卒業式のときに、こういった鈴木梅太郎の言葉を囲繞して挨拶することがある。確かに、心配するということはかわいく思うことでもある。

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