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この夏の各部署のダイナミックな動きの全体像を把握

今日は、一日中、会議の連続だった。
この夏の間の各部署のダイナミックな動きの全体像がよくわかった。

「名言との対話」9月21日。宮澤賢治

  • 「何がしあわせかわからないです。本当にどんなに辛いことでも、それが正しい道を進む中の出来事なら峠の上りも下りもみんな本当の幸せに近づく一足づつですから」
    • 宮沢 賢治(宮澤 賢治、1896年(明治29年)8月27日 - 1933年(昭和8年)9月21日)は、日本の詩人、童話作家
    • 詩人・宗教者・教師・科学者・農業者・芸術家・と多彩な活動をした宮澤賢治が注目を浴びるのは、死後のことである。自費出版の「春と修羅」は辻潤が評価し、中国にいた友人の草野心平に知らせる。草野は賢治の書を「世界の驚異」と表現している。草野は友人の高村光太郎にみせたことが縁で、賢治は5分ほど光太郎と立ち話もしている。賢治より13歳年長の高村光太郎は賢治の詩を発表すべきだと考え、東京で宮澤賢治追悼会を開いている。そして宮澤賢治全集を10年かけて刊行する。
    • 宮澤賢治の生まれた年に明治三陸地震があり、没した1933年には昭和三陸地震があった。天災と凶作の37年間だった。賢治は、1920年に田中智学が創設した日蓮主義の在家信仰団体・国柱会に入会する。そして「法華文学ノ創作」を志す。この世を浄土にしようと願い南無妙法蓮華経を唱えながら現世の改革にあたろうとする日蓮宗である。死後発見された手帳に記された「雨ニモ負ケズ」の最後の「ソウイウモノニ私ハナリタイ」のさらに最後に「南無妙法蓮華経」と書いてあった。
    • 世の中を正しい方向に向けて変えていこうという日蓮宗徒の宮澤賢治。正しい道を歩むことが幸せへの道である。