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AI・美術館・インターゼミ

多摩モノレール、中央線と、電車の時間が長かったので、Youtubeで「AI(人工知能)」の松尾豊先生の講演やシンポをいくつも見聞きし、堪能した。こういう勉強法はとてもいい。

また、午後インターゼミの前にすこし時間があったので、美術館をまわる。
梅原龍三郎をテーマとした三菱一号館美術館は休館だった。
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東京ステーションギャラリーの「動き出す!絵画」展。
100年とすこし前の時代に、北山清太郎という人物がいた。
洋画家らを応援する「現代の洋画」などの美術雑誌を刊行した人。
その後は、日本アニメの草創に身を転じた。

  • 津堅信之「北山清太郎」(臨川書展)
  • 「ペール北山の夢」


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出光美術館の「大仙崖展」。
出光美術館福岡市美術館九州大学文学の三者部合同の大「仙崖」展。
改めて仙崖の魅力を堪能した。「大」という冠をつけるだけの価値のある展覧会だ。

  • 「別冊太陽−−仙崖特集」
  • 「開館50周年 大仙崖展」(出光美術館

「名言との対話」10月1日。河井継之助

  • 「人というものが世にあるうち、もっとも大切なのは出処進退の四文字でございます。そのうち進むと出づるは人の助けを要さねばならないが、処ると退くは、人の力をかりずともよく、自分でできるもの。」
    • 河井(1827年--1868年)は越後長岡藩7万4千石の家老となって明治維新前後のこの小藩の運命を握り、武装中立を宣言するが最後は官軍を大いに苦しめる。司馬遼太郎歴史小説「峠」の主人公として馴染みがある快男児である。
    • 河井の断行した禄高改正(平準化)の説明があった。40500石の扶持を25000石に減じて財政を立て直すことにしたが、このため最高で2000石、最低で100石だったものを、最高で500石、最低で100石とした。「百人の禄を減じて、千人の禄を増し、人気(じんき)を調和して力を強くする」とい言われた改革である。
    • 「天下になくては成らぬ人になるか、有ってはならぬ人となれ」「不遇を憤るような、その程度の未熟さでは、とうてい人物とはいえぬ。」
    • 河井は「出処進退」に関するこの言葉を残している。どういう形でリーダーに選ばれるか、どういう形で退くか、これがあらゆる分野のリーダーの心すべき点である。出るときは人に推され、退くときは自ら決めよという出処進退の考え方があるように、リーダーの品格は、出処進退に顕れる。ある組織のリーダーを継続するか、退くかという状況に置かれたことがある。このときに去来したのが河井継之助のこの言葉だった。自分一人で決断し、驚く仲間を説得したことを思い出す。最近まで、出る、進む、退くはわかるが、「処」とは何かがよくわからなかったが、これは落ち着いてその場所や地位に留まることだろう。