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「小倉昌男 祈りと経営 ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの」(森健)

小倉昌男 祈りと経営:ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの」(森健)を読了。

宅急便を発明した小倉昌男は、現役引退後に私財46億円を投じて「ヤマト福祉財団」を創設し、晩年は障害者福祉に取り組んだ。それはなぜか、を丹念な取材で追った優れたノンフィクションである。

ビジネスで大成功した小倉は家庭では敗北していた。妻と娘との問題に懊悩する日々であった。この作品は第22回小学館ノンフィクション賞を受賞している。この賞の歴史上初めて選考委員全員が満点をつけた作品だ。読み終えた今、その評価に納得する。

作者の森健は2012年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している気鋭のライターだ。今後の作品に注目したい。

 

2000年代のはじめの仙台時代、日経ベンチャーという雑誌で連載を持っていたことがある。著名な経営者にインタビューし、 ビジネスモデルと人物像を明らかにするという企画だった。

ユニクロの柳井社長、セコム創業の飯田最高顧問、パソナの南部社長といった方々が対象だった。ヤマトの小倉さんも予定していたが、断られた記憶がある。

この本を読むと、とても応じる環境と心境にはなかったことがわかる。

今「読む」と書いたが、正確には「聴いた」である。febeでオーディオブックで8時間24分11秒かかった。通勤の往復で聞いていたのだが、推理小説の謎解きに似て楽しんだ。小倉昌男という人物の知られざる孤独な人生を想った。

 

「名言との対話」1月19日。水原茂「問題があるときに必要とされるのは、利口者ではなく信頼できる人」

水原 茂(みずはら しげる、1909年1月19日 - 1982年3月26日)は、香川県高松市出身のプロ野球選手(内野手)・監督・野球解説者・野球評論家。
現役時代は東京巨人軍(1947年より読売ジャイアンツ)で活躍し、引退後は巨人、東映フライヤーズ中日ドラゴンズの監督を歴任した。巨人監督時代の在任11年間で8度のリーグ優勝、4度の日本一に輝き、セントラル・パシフィック両リーグでチームを日本一に導いた(セ - 巨人、パ - 東映)。日本プロ野球史上の名監督だ。

 現役選手であった1942年に兵隊に取られ、シベリア抑留を経験した。7年後にようやく帰国。巨人・大映戦が行われた後楽園球場で観客に「水原茂、ただいま帰ってまりました」と感動的な挨拶をした。7年間のブランクのため、選手としての記録はあまりないが、水原は野球を熟知しており、監督としての記録は輝いている。

水原茂と三原侑の二人は水原小次郎と三原武蔵と並び称された、いわれた永遠のライバルだった。実力の拮抗した好敵手の存在がプロ野球を盛り上げた。

プロ野球に人はなぜ熱狂するのだろうか。猛者ばかりの集団が織りなす戦国の世は人生の縮図である。そこには実力と運に支えられた栄光と敗北の物語がある。この集団を率いる監督たちは日本的リーダーのあり方を教えてくれる。問題が起こったとき、誰と心を割って相談するか。頭がよいアイデアマンか、そうではない。心から信頼する人である。水原はその機微を知っていた。

 

「副学長日誌・志塾の風170119」

  • 渡辺客員教授
  • 十市客員教授:5年間の講義につい手の感謝。原発の最新動向をうかがう。エネリギー政策が混沌としているなか、関電の監査役も。
  • 志賀先生:杉田先生と委員会担当について
  • 事務局との定例ミーティング
  • 中庭先生:地域をテーマとした大学間連携: