久恒啓一「団塊坊ちゃん青春記」(多摩大出版会発行。メタ・ブレーン発売)の発刊予告。

久恒啓一団塊坊ちゃん青春記」(多摩大出版会発行。メタ・ブレーン発売)の発刊予告。191ページ。1600円。3月1日発行。アマゾンで先行予約予定。全国の書店注文可。

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探検部中心の大学時代。羽田、札幌、ロンドン、成田に勤務し、結婚するまでの社会人時代。抱腹絶倒、波瀾万丈の笑いと涙の20代の青春を活写。登場人物は実名を採用。漱石の「坊ちゃん」と北杜夫「どくとるマンボウ青春記」を意識している。

 

「著者紹介」もいつもとは違うスタイルを採用。

大分県中津市生まれ。現在、多摩大学副学長。九州大学探検部卒業。在学中に奄美群島鹿児島県)、八重山群島(本土復帰前の沖縄)を探検。将来は月に行けるかもしれないと考え、1973年、航空会社をフィールドにして社会探検を開始。企業(日本航空)とNPO法人(知的生産の技術研究会)、大学(宮城大学多摩大学)の世界を探検中。

 

 

「副学長日誌・志塾の風170223」

多摩キャンパス

  • 事務局との定例ミーティング

九段文庫カフェ

  • 松本先生:打ち合わせ
  • 多摩大出版会打ち合わせ:橘川客員教授、松本先生、メタブレーン太田さんと。・出版会の第一弾。久恒「団塊坊ちゃん青春記」 橘川「深呼吸する言葉」   ・2冊のトライアル出版を題材に多摩大出版会の詳細を検討。目途が立った。
  • 寺島学長、現る:多摩大出版会の進行状況説明。明日の打ち合わせ時間確保。

神保町の古本屋を散策。「内村鑑三のことば」「芥川龍之介のことば」「新渡戸稲造」「人物一日一言事典」を購入。1000円余。

 

 

「名言との対話」2月23日。本多光太郎「産業は学問の道場なり」

本多 光太郎(ほんだ こうたろう、1870年3月24日明治3年2月23日) - 1954年昭和29年)2月12日)は、日本の物理学者金属工学者(冶金学者)。

東北帝大総長。東京理科大初代学長。鉄鋼及び金属に関する冶金学・材料物性学の研究を、日本はもとより世界に先駆けて創始した。磁性鋼であるKS鋼新KS鋼の発明者として知られる。第一回文化勲章受章者。 「鉄の神様」「鉄鋼の父」などとも呼ばれ鉄鋼の世界的権威者として知られる。1932年に日本人初のノーベル物理学賞の候補に挙がっていた。

「今日のことを今日できない者は、 明日のことがまた明日できないのです」

「人間には待機の時代と断行の時代とがあります。潜伏の時代と飛躍の時代とがあります。じっと好機の到来を待つ間も大事ですが、ひとたび好機到来となれば機敏にチャンスをつかまえる気力がなくてはなりません」

本多光太郎は並外れて高い身長で五尺八寸(178センチ)で、あせらず、いそがず、坂道をのぼっていく牝牛のようであったらしい。「ナァ」という接尾語(?)をつけるクセがあった。「待遇など問題でないわナァ」、外人にも同じだった。This is ナァ a  pen.という具合だった。わかったのだろうか。外観などは無頓着だったから、本多総長は小使いさんに間違われたとのエピソードもある。

実学の伝統のある東北大学の土台をつくった本多光太郎は、「産業は学問の道場なり」との含蓄のある名言を吐いている。現実の産業界の問題を解決しようと努力する過程で学問が磨かれていくのだ。学界と産業界の関係を見事に言い当てている。産学連携の場は、学問を志す者を鍛える道場である。