高峰秀子「おいしい人間」--大女優は名エッセストだった

高峰秀子「おいしい人間」(潮出版社)を読了。

 

おいしい人間 (文春文庫)

おいしい人間 (文春文庫)

 

 神保町の古本屋街をブラブラして、本を買い込む。

その時の問題意識という目があるからだろうか、向こうから本のタイトルが飛び込んできた。一つは「漱石の俳句」、もう一つは女優・高峰秀子のエッセイだ。

昨日の「名言との対話」で高峰秀子を書いたのだが、そこで彼女のエッセイが素晴らしいことを発見した。その目が「おいしい人間」を見つけた。本屋を巡る愉しみはここにある。

エッセイでは筆者の人柄、日常の生活、周囲の人物評などが出てくるので、楽しい。この人は女優であり、夫は映画監督であったので、著名な俳優などが出てくる。

丹下左膳を演じた大河内伝次郎については、次のように書かれている。

「優れた俳優は、物の教えかたも要領を得て上手い」「「が、大河内さんだけは本身を使う」「不器用な人で、おまけにド近眼」「「きびしく名刀のような人だった」、、。

司馬遼太郎「先生は美男である(いささか蒙古風)」。安野光雅「先生も美男である(いささかインディアン風)」。こういう対比や、人間性があらわれるエピソードを書く筆致は実に楽しい。

 

自分についてはどうか。

「年中無休、自由業」「白黒をハッキリさせたい性質(たち)の私」「女優の仕事は、そと目には華やかでも、私にいわせれば単なる肉体労働者である」「30歳のオバサン女房が夫をつなぎ止めておきには「美味しいエサ」しかない」「なんいごとにつけても、自分自身の眼や舌でシカと見定めない限りは納得ができない、という因果な生まれつきの私」「「食いしんぼう」「春先には蕗のとうの風味を味わい、夏には枝豆の爽やかな緑を楽しみ、秋には茸、冬には鍋ものと、ささやかでも季節そのものをじっくりと楽しめる、、」「私のヒイキは、なんといっても「内田百閒」だった」「私は、自分が下品なせいか、上品なものに弱い」「人づきあいはしない。物事に興味を持たず欲もない。性格きわめてぶっきらぼう」「独断と偏見の固まりのような人間」「どんな知人友人でも死顔だけは見ないことにしている」

 400本の映画に出演した大女優は、名エッセイストだったことを納得した。沢村貞子もそうだったが、「目」がいい。

 

 

「名言との対話」3月28日。色川武大「9勝6敗を狙え」

色川 武大(いろかわ たけひろ、1929年3月28日 - 1989年4月10日)は、日本小説家エッセイスト雀士阿佐田哲也という名前では麻雀小説作家として知られる。

色川武大という名前で純文学を書いた。1961年に「黒い布」で中央公論新人賞、1977年に「怪しい来客簿」で泉鏡花賞の翌年に「離婚」で直木賞、1982年「百」で川端康成文学賞、1989年「狂人日記」で読売文学賞を受賞。

一方の麻雀。阿佐田哲也という名前は、「朝だ!哲也だ!」に由来している。麻雀の玄人であったことがばれないよう、トップにはならず「いつも、少しだけ浮く」という麻雀を打っていた。後に麻雀の牌の並びが小説中に記載されている「麻雀小説」を発明する。自伝的小説『麻雀放浪記』シリーズで若い読者の圧倒的人気を得て脚光を浴び、麻雀ブームを生んだ。麻雀エンターテインメントグループ「麻雀新撰組」の局長に就任。麻雀メディアに大きな影響を及ぼす。阿佐田を尊敬する雀士達からは「雀聖」と呼ばれた。

「長く生きるというのは素晴らしいことなんだ。だけど長く生きるためには術(すべ)がいる。術をマスターしなくてはね」

「幹線道路を行くようなコースで競争したってしょうがない。自分だけの生き方を作らないとしょうがないだろう」

8勝7敗では寂しい、10勝を狙うと無理がでるから、「9勝6敗を狙え」がギャンブル人生から得た人生哲学であった。幸運が続くと危ないから不運を消化しておくとも語っている。二つの顔を持っていたこの人のギャンブラー哲学は聞く価値がある。