知研フォーラム336号

「知研フォーラム336号」が届く。

1992年の「民博訪問記の再掲」には、私の質問「先生は図解コミュニケーションを知的生産の技術の系譜においてどう評価されますか」に対する梅棹忠夫先生の発言が載っている。初めての単著「図解の技術」を書いたばかりの私は、この梅棹先生の言葉に励まされて研究を続けた。そういう意味では私にとって歴史的な訪問となった。

  • 「理論というものはモデル形成なのです。どんな理論でも、人文科学的理論、自然科学的理論に至るまで全部モデルをいかにつくるかということです。それによって説明しようとする現象がかなり細部にまで説明できればいいんです。それがセオリーということです。どんなセオリーでもモデルになっている。モデルということは図解なんです。現実の事象を単純な図式に置き換えて組み立てる作業なんです。うまい図解というのはうまい独創ができたということなんです。うまい理論ができたということなのです。図解を大いにやてください。ただ、単純化ではないです。図解というのはモデル形成ですが、かなりの細部にわたって現象を反映していなくてはいけない。そういうモデルを見つけることはかなり大事です。うまく見つかれば大変うまいモデルができる。たぶん図にかいてもよくわかる図になる」
  • 「図と言語との対応関係は完全にはできない。しかしかなりの程度対応関係があって、言語で考えてそれを図に反映する。図を解読して言語にもっていく。それは昔からそういうことがありまして、仏教的世界観を図にしたものが曼荼羅(マンダラ)です。だから図解は曼荼羅をつくるという作業だと思うんです。私はマンラリゼーションという言葉を使っています。それに対して図が語るものを言語化、文章化する。これはギリシャ語でビブリオ(本)といいますが、私はビブリオゼーションという言葉をつくりました。マンダリゼーションとビブリオゼーションの相互作用はしょちゅう起こっている。またしょっちゅうやらなければならない。文章だけでずっと考えている人ははなはだインチキがおこります。あぶないです。哲学の大部分はそうなんで本当にわけのわからんことになっている。明確な議論というものはマンダリゼーションの過程があるはずだと私は見ているんです」

他の重要発言。

・「ひらめきをキャッチして定着する、その装置を自分でつくっておかねばならない」

・「おもいついてみろ! ただの思いつきで何が悪いんだ!」

・「自分なりのなりの、自分のためのデータベースを構築していけばいい」

・自然科学、地球物理、天体物理も歴史科学です。世界観を育成するには、歴史に対して鋭敏でなければ構造的な世界認識はできません」

・「新しい体験をした子どもをその時にそれだといって教えてやる。教えてやるのではなく、見守るということではないでしょうか」

 

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  • 八木哲郎会長の「教育勅語ができるまで」も読み応えがある。これは後日、書きたい。
  • 黒川康徳「いま日韓問題を説く」は、深い論考。

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徒歩通勤で1万歩9キロ。帰りにプールで300m。

 

 

「副学長日誌・志塾の風」170404

  • 水谷IR室長:2017年度入学生の分析
  • 高野課長:人事委員会

 

「名言との対話」。4月4日。山本五十六「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」

山本 五十六(やまもと いそろく、1884年明治17年)4月4日 - 1943年昭和18年)4月18日)は、日本海軍軍人。第26、27代連合艦隊司令長官。最終階級元帥海軍大将。前線視察の際、ブーゲンビル島上空で戦死(海軍甲事件)。

 ハワイのアリゾナ記念館には真珠湾攻撃の指揮をとった山本五十六大将と攻撃隊の南雲忠一中将の写真が貼ってあった。ハーバードで学びワシントン駐在経験がある山本はアメリカ人とその戦い方を熟知しており、工業力の底力もし知っていたとある。そして山本は当初は日米開戦に反対であったが、陸軍に牛耳られていた政府の圧力に抗しきれずに、遂に真珠湾奇襲作戦の強力な指導者となったと買った解説書にも書いてあった。山本五十六大将にはやや同情的な書き方だった。

海軍兵学校時代は聖書を座右に置いていた。35歳から2年間のハーバード大学への留学時代にはアメリカの研究に励み、油田や自動車産業、飛行機産業に強い印象を受けた。関東大震災時には「日本人は偉大な民族であり、前より立派に復興する」と周囲を励ました。公私分別、操縦感もよく、適材適所に使い、情義厚く、航空隊内では山本は偉くなるぞと評判であった。41歳駐米大使館付武官。対立した人も「聞き上手で話やすい人。真に度胸のある、正しい素直な人。いつ論じ合っても後味の悪い事がない」と評している。「劣勢比率を押しつけられた帝国海軍としては、優秀なる米国海軍と戦う時、先ず空襲を以て敵に痛烈なる一撃を加え、然る後全軍を挙げて一挙決戦に出ずべきである」。これが後の真珠湾攻撃になる。

「苦しいこともあるだろう 言い度いこともあるだろう 不満なこともあるだろう 腹の立つこともあるだろう 泣き度いこともあるだろう これらをじっとこらえてゆくのが 男の修行である」

上杉鷹山の「してみせて言って聞かせてさせてみる」を、後の山本五十六は「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」と変えている。この山本五十六の人間観が、高い人気と強い統率力をもたらしたのだろう。改めてこの人の伝記を読みたいと思う。