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次作の「前書き」

「366名言(命日編)」の校正が終了。以下、前書きを書いた。

 

2005年1月から本格的に始めた全国を巡る「人物記念館の旅」も、早いもので12年目を迎えている。100館を超えたあたりでは、「百説」という言葉があるように、入門というか卒業というか、ある地点に立ったという感慨があった。200館を超えたときには、この旅は「聖人巡礼」だと意識することになった。その旅は私のライフワークともなって、2017年中には800館を超えるところまできている。

この旅の中で得た結論は、「人の偉さは人に与える影響力の総量で決まる」、ということである。周りに深い影響を与える人は偉い人だ。深く、そして広く影響を与える人はもっと偉い人だ。さらに深く広く、そして長く影響を与える人はもっとも偉い人だ。そして、彼が生きた時代を超えて、後の時代に至るまでその影響が及ぶということになると、影響力の総量はとてつもなく大きくなり、偉人と呼ばれるようになっていく。

 

また、2004年9月28日と、時を同じくして始めたブログ日記は現在まで毎日書き続けており、イチローの安打世界記録を超えて、すでに連続記録は4500日を達成している。

2015年には「名言の暦」というテーマで、その日が命日と誕生日の偉人の遺した言葉を毎日書き留めるということをやってみた。2016年にはその延長線上に、noteというサービスを使ってその日に亡くなった偉人の言葉を選び、生涯の解説と触発された感想を記すという試みに挑戦して、幸い1年間続けることができた。毎日早朝の時間を使って一人の偉人の生涯とその人の遺した名言に向き合う時間は、私にとって神聖な時間であった。

 

人選は生存中の人は省いている。「なべて人の一生は棺をおほふて後定むべければ也」だからだ。同じ時代に誕生しても人によって寿命が違う。60歳で亡くなった人と85歳で亡くなった人では、四半世紀の差があり、生きた時代が違う感じがする。だから誕生日よりも命日が重要なのである。

人物選定にあたっては、近代・現代の日本の偉人を中心とすることにした。そして人物記念館の旅で、訪れた馴染みのある人を優先的に選んでいる。適当な人が見つからない場合は、歴史をさかのぼる。それでもいない場合は、外国にまで対象を広げた。

選んだ言葉は、記念館、伝記、自伝などで、私の琴線に触れた名言であるから、有名なものもあるが、知られていないものも多い。

この行為はより良い人生を築こうとする自分のためでもあるが、授業でも若い学生にも紹介している。人生に関するこれらの名言は現代を生きる若者の心にも響くことを実感している。

 

この2016年に書き綴った名言と感想をまとめたのが本書である。

徳富蘇峰は「世に千載の世なく、人に百年の寿命なし」と言ったが、私たちは人生百年時代を迎えようとしている。そういった時代を迎え撃つには、人生観を磨き上げなければとても対処はできないだろう。偉人の名言は人生百年時代のソフトインフラにもなり得ると思う。この本が読者の参考になれば幸いだ。

 

なお、日本人の命日については、原則として明治5年(1872年9までは旧暦(太陰暦)、明治6年以降は新暦太陽暦)に拠っている。

 

 

           2017年4月           久恒啓一

 

 

「名言との対話」4月11日。小林秀雄「人はその性格に合った事件にしか出遭わない」

小林 秀雄(こばやし ひでお、1902年明治35年)4月11日 - 1983年昭和58年)3月1日)は、日本文芸評論家、編集者、作家。

小林秀雄といえば私たちの世代のだれもが知っている文芸評論の神様で、入学試験問題はこの人の難解な文章を題材に出されることが多く、畏敬の対象であった。小林秀雄の冴えた筆にかかるとどのような権威も丸裸にされてしまうという恐怖に近い感覚を持った同世代の知識人は多かっただろう。

小林秀雄という山は大きな存在感に満ちている。一応は文芸評論家という肩書で紹介されているが、その仕事をなぞってみるととてもそのような表現で説明できる人物ではない。文芸にとどまらず、「モオツアルト」などの音楽、「ゴッホの手紙」などの絵画、などあらゆるジャンルで一流の活動をしている。音楽絵画、文学を同列に置いたマルチメディア評論家ということになる。

日本の近代批評の創始者である小林秀雄は膨大で緻密な作品群を残して圧倒的な存在感をもって時代の中に生き続けている。作家論、日本古典論、美術論、学問論と活動領域は広範であり実に多彩で、しかもいずれの分野も水準が実に高い。それは厳しい自己鍛錬の賜物であることが、新潮新書「人生の鍛錬--小林秀雄」を読むとわかる。

以下、その本の中の「仕事論」に関する言葉をあげる。小林秀雄の仕事の流儀である。

「実行をはなれて助言はない。そこで実行となれば、人間にとって元来洒落た実行もひねくれた実行もない。ことごとく実行とは平凡なものだ。平凡こそ実行の持つ最大の性格なのだ。だからこそ名助言はすべて平凡に思えるのだ」

「心掛け次第で明日からでも実行が出来、実行した以上必ず実益がある。そういう言葉を、ほんとうの助言というのである」

「転職という言葉がある。若し天という言葉を、自分の職業に対していよいよ深まっていく意識的な愛着の極限概念と解するなら、これは正しい立派な言葉であります」

「成る程、己の世界は狭いものだ。貧しく弱く不完全なものであるが、その不完全なものからひと筋に工夫を凝らすというのが、ものを本当に考える道なのである。生活に即して物を考える唯一の道なのであります」

私たちは事件に遭遇する。この事件とは外から襲ってくるものではない。自分が、自分の性格が招くものである。小林秀雄のいう「性格論」は腑に落ちる。あるとき、この言葉を読んで苦笑しながら来し方を振り返って深く納得した。