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ホームコースの相模湖カントリークラブで、久しぶりのゴルフ。

 ホームコースの相模湖カントリークラブで、昨年11月以来の久しぶりのゴルフ。

メンバーは、野田先生、杉田先生、弟。

 

春の素晴らしい自然の中でリラックス。

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  いざ、プレイ開始!

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 左から、ゴルフの師匠・杉田先生、恩師・野田先生、「青春記」に登場する弟・久恒智彦。

 

 終了後、満足の微笑み。

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 「名言との対話」4月24日。山本為三郎「その人になりきってしまって、その人が怒るときには私も怒り、その人が泣くときは私もまた泣いて、ものを考えているのである」

山本 為三郎(やまもと ためさぶろう、1893年明治26)4月24日 - 1966年昭和41)2月4日)は、実業家大阪市中央区船場生まれ。朝日麦酒(現、アサヒビール)初代社長。新大阪ホテル大阪ロイヤルホテルを設立。「ビール王」、「ホテル王」と呼ばれた。

山本為三郎は、実業家として一家をなしたが、文化芸術活動家として後世に名を刻んでいる。柳宗悦らが取り組んだ民芸運動の支援者となる。

アサヒビール大山山荘美術館は、大阪の実業家加賀正太郎1888-1954がつくったイギリスチューダー様式の洋館で、ウィンザー城から眺めるテムズ川を彷彿とさせる景色である。加賀正太郎の建設した大山崎山荘は荒れていたのだが、加賀は死の直前にニッカの株を朝日麦酒の山本為三郎社長に譲っている。この縁でアサヒビールが美術館として復元し美術館として再生した。同時に安藤忠雄設計の「地中の宝石箱」が隣接してつくられている。この美術館には河井寛次郎、濱田正司、バーナードリーチ、芹沢硑介らの作品が1000点の山本コレクションで構成されている。

 山本は大阪ロイヤル・ホテル(現在のリーガロイヤルホテル大阪)の設立にも心血を注ぎ、ホテルのメインバー「リーチ・バー」はバーナド・リーチと相談してつくった。「用の美」を味わうことができるバーとして現在も健在だ。

冒頭の言葉には「ただ、その人と私の違いは、私には感情や憎悪や利害関係がないということで、そういったものを取り除いて考えると、大抵のことはスムーズに解決できるものだ」が続く。同じ感情を抱きながら、冷静な理性で物事を解決していく山本は多くの人から信頼されたに違いない。その一つの精華がこの美術館だ。