T-Studio 久恒啓一の「名言との対話」第19回をリリース

 T-Studio久恒啓一の「名言との対話」第19回。

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上海東海学院の訪日団と面談。先方の学長は3回目の訪問。

協定に基づき交換留学、編入学などの具体策を協議。

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 来訪メンバー。バートル先生と黒瀬学生長。

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 先方からのお土産を受け取る。杉田学部長と。

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・中庭先生:採用部会長の中庭先生から中間報告を受ける。杉田学部長。

・梅澤先生:おくやみ

 

ゼミOBの橋本君(多摩郵便局)来訪。

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 ・本日のリレー講座の講師の溝畑宏先生と歓談:日本電産の永守社長。佐川理財局長。前川前次官。地方。オリンピック事務局。原発。、、、、。

・リレー講座:溝畑宏・大阪観光局長「観光立国とIRで日本を元気に」。

官僚。2002年ワールドカップ。大分トリニータ社長。立命館アジア太平洋大学創立。観光庁長官。大阪観光局長。

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・高橋さん:知研

・電話:八木。富田。畠山。

 

「名言との対話」。7月6日。鈴木常司「美と健康の事業を通じて、豊かで平和な社会の繁栄と文化の向上に寄与する」

昭和後期-平成時代の経営者。1930年(昭和5年)7月6日生まれ。2000年(平成12年)11月15日死去昭和29年創業者である父鈴木忍の急死により,留学先のアメリカから帰国,24歳でポーラ化成工業とポーラ化粧品本舗の社長となる。セールスレディーによる高級化粧品の訪問販売「ポーラ商法」で業績をのばした。
留学していたウィリアムズカレッジ内にある美術館、あるいはアート・インスティチュートなどを見て大きく影響を受けた。28歳での藤田嗣治の「誕生日」と荻須高徳の「バンバン城」の購入から始まった美術品収集は生涯で9500点に及ぶ。戦後の個人コレクションでは質量ともに日本最大級の規模。それが箱根千石原のポーラ美術館に結実した。ポーラ美術館は、光と緑にあふれており、空間が素晴らしい。

 展示美術品の質と量に驚いた。アンリ・ルソー展を観た後、各展示室を見て回ったことがあるが、著名な西洋画家のよく知られている作品が次々と現れていく様は圧巻である。驚きの中でこの美術館は誰がつくったのか、という疑問が湧いた。その人物は、鈴木常司だった。化粧品の分野で確固たる地位を占めるポーラ・オルビスグループのオーナーである。

40数年に亘るというから20代から始めた筋金入りの収集は、西洋絵画、日本洋画、日本画、版画、彫刻、東洋磁器、日本の近代陶器、ガラス工芸、そして古今東西の化粧道具など総数は9500点で、中心は西洋近代絵画400点だ。このコレクションの特徴は、恣意的に集めたものではなく、しっかりした構想のもとに体系的に集められたものであることである。だから絵画の歴史の流れを実感できるようになっている。

 1976年発足のポーラ研究所は、「美と文化」、とくに「化粧」についての総合研究所である。収集した化粧道具は6700点、関連蔵書は13000冊。
1979年発足の財団法人ポーラ伝統文化振興財団は、日本の優れた伝統工芸、伝統芸能、民俗芸能・行事などの無形文化財を記録・保存・振興・普及を目的としている。
1996年に発足した財団法人ポーラ美術振興財団は、若手芸術家、美術館職員に対する女性、美術に関する国際交流の推進を実施している。
そういった流れの中から、2002年にこのポーラ美術館が誕生した。しかしこのとき既に鈴木は他界していた。

鈴木常司の「文化」に対する思い入れには尋常ならざるものがあると感じる。冒頭の言葉は企業理念であるが、その理念を体現すべく、本業に加えて文化活動にも精力的に取り組んだ。その鈴木常司の人生の総括がポーラ美術館である。