庄内の酒田市で講演。

 

羽田空港からANA山形県庄内空港へ。

18時からの酒田市の菅原工務所創業80周年の記念講演。菅原常務から紹介される。

1937年創業ということは、盧溝橋事件から始まる日中戦争から今日まで続いている、地元の有力企業だ。

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終了後は、懇親会。  前社長の母親と現社長の息子と酒田の名酒を飲みながら歓談。

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2次会は菅原社長らとクラブへ。

 

 

「副学長日誌・志塾の風」170727

午前

・人事委員会

・学部運営委員会

・杉本係長:次回の戦略会議の打ち合わせ

 

 

「名現との対話」バーナード・ショー「こう半分しか残っていないと嘆くのが悲観主義者、まだ半分残っていると喜ぶのが楽観主義者である」

バーナード・ショー(1856年7月26日ー1950年11月2日)はアイルランドの文学者、脚本家、劇作家、評論家、政治家、教育家、ジャーナリスト。

バーナード・ショーヴィクトリア朝時代から近代にかけて、様々な分野で活躍した才人である。94歳で亡くなるまでに書いた戯曲は53本。1925年にはノーベル文学賞を受賞した。この時固辞していたが賞金を寄付するという条件で受け入れた。映画分野ではアカデミー賞脚本賞を授与されている。教育家としてはロンドン・スクール・オヴ・エコノミクスの創設に尽力。政治家としては社会民主主義者としてイギリス労働党の前身のフェビアン協会に属した。

持論の菜食主義で90歳を超えても健康な生活を送った。自宅で庭の手入れ時にはしごから転落して骨折した時の手術の経過が悪かった為に死を迎えたというから、それがなければどこまで生きただろうか。自分が永遠に生きるのではないかと思うと空恐ろしくなると語っており、それが「菜食主義者の唯一の欠点である」と述べている。

また遺言によって、遺灰は先に亡くなった妻の遺灰と混ぜ合わされて庭園の小道に式散らされた。

「歳をとったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから歳をとるのだ」

「自由は責任を意味する。だからこそ、たいていの人間は自由を恐れる」

「青春は若い奴らにはもったいない」

「有能なものは行う。無能なものは講釈する」

ある女優が「あなたの頭脳と私の肉体を持った子供が生まれたらどんなにすばらしい事でしょう」と言ったが、ショーは「私の肉体とあなたの頭脳を持った子供が生まれたら大変ですよ」と言ったという逸話も残している。ショーは舌鋒鋭い皮肉屋でもあった。

悲観主義者と楽観主義者の生態をこれほど上手に説明した警句にはお目にかかったことはない。主義とは思うに、性格による。