寺島実郎『ユニオンジャックの矢』(NHK出版)

寺島実郎ユニオンジャックの矢』(NHK出版)を読了。

 寺島の1975年以来40年以上にわたる文献研究とフィールドワークによる英国の観察と考察の集大成。生きてきた時代を通じて構築した英国に関する「全体知」と本人が言うことに納得せざるを得ない重厚な書である。

ユニオンジャックの矢―大英帝国のネットワーク戦略

ユニオンジャックの矢―大英帝国のネットワーク戦略

 

漱石の言葉「未来は如何にあるべきか。自ら得意になる勿れ、自ら捨てる勿れ、黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼する勿れ。真面目に考えよ。誠実に語れ。しじつに行え。汝の現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となって現はるべし」(フォーサイトの連載「1900年への旅」で向き合った言葉)

・「蓄積した歴史的体験を生かし、、、専門性を生かし、多様な人材を活用して課題解決に立ち向かう「全体知」がエンジニアリングの本質である。」

・「歴史の蓄積と相関の中で、世界を知る力を研ぎ澄ますこと、それが重要である」

 

 内容については、読者自身が学ぶことにして、ここでは寺島実郎という知的巨人自身の新入社員から数年間の姿を追うことにしよう。

 

1975年7月に寺島実郎は三物産社員として羽田空港からロンドンに到着し4ヶ月の出張をしている。会社とホテルと本屋を往復。夜はホテルで英国に関する本を読み込む。休日は大英博物館、ヴィクトリア&アルバート博物館、自然史博物館を何度も訪問。帰国後、「英国に関する考察」をまとめ、それが社内の小冊子になる。それを読んだ「中央公論」の粕谷一希編集長からの注文で1976年5月号の「中央公論」に「英国病の症状とは?」と題した論考を書く。そして1980年に「中央公論」に「我ら戦後世代の坂の上の雲」を書く。

私は、1978年7月に日本航空の実習派遣員として成田からロンドンに到着し1年2ヶ月を過ごした。英国内外の旅行、観劇、シェークスピアと英国経済の研究、ロンドン大学夜間に通うなど貯金せずに寝る間を惜しんで活動する。そして社内向けに「ロンドン空港労務事情」を書いて話題になった。それを読んだ労働経済学の泰斗・名古屋大学小池和男教授から日本的経営の実証研究として「中央公論」に紹介される。紆余曲折があり、結果的に「中央公論・経営問題」に一部紹介される。足元を掘れば時代とつながることが分かった。その後、1980年の中央公論の寺島論文を読み衝撃を受け、この男を目標・ライバルに勉強しようと決心する。

帰国後、知的生産の技術研究会で活動を始めた私は、『知的生産者の発想現場から』という本をつくろうとし、多摩大の北矢行夫先生の紹介で世田谷の寺島実郎を訪ねる。このとき、中央公論で読んだ論文の筆者がこの人だとわかる。それ以降、35年にわたり兄事する関係になり、ニューヨーク、ワシントンで仕事をした寺島実郎と、日本航空、知研、宮城大で定期的に接触し、そして多摩大では一緒に仕事をすることになり、現在に至る。

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中津北高校 同級生 松田俊秀君から『偉人の命日366名言集』の読後の感想が到着。ここまでしっかり読んでくれる人はありがたい。

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本当に力作ですね!偉人の定義や、誕生日より命日にした理由などがはじめにを読んでよく理解できました。 うるう年まで目が行き届き、2月29日は法然の命日とは知りませんでしたが、覚えておきます。今までの著書と趣が少し違い文字通り「座右の書」として味わい深いものがあります。はじめにで名言と思ったのは「人生100年時代を迎え撃つには、人生観を磨き上げなければとても対処できない」の一言です。人生の第四コーナにさしかかった私には人生訓を学ぶにはいささか遅い気もしますが、本著は余生の羅針盤となる珠玉の名言があふれており、この中で一つでも、二つでも実践することによりこれからの人生を充実したものにしたいと思いました。

 例えば「人生は悟るのが目的ではない、生きるのです。」「成長はまたつねに苦痛をともなう」などです。

 目次で不思議に感じたのは、お二人が「仕事の報酬は仕事である」を掲げていることです。藤原銀次郎土光敏夫、二人とも偉大な実業家ですね。

 ページを開くにあたり誰からスタートするか悩みました。私の誕生日が命日の偉人はピカソとは驚きを禁じえません。が、ピカソは飛ばしてやはり根っからの映画ファンとしては最初は黒澤明監督ですね。「悪魔のように細心に天使のように大胆に」の名言は心に電流が走ります。映画つくりの原点でしょうか?黒沢作品は殆ど鑑賞していますが、無理して三本に絞れば「羅生門」「七人の侍」「天国と地獄」になりますか?

 黒澤監督の新作試写会に必ず招待されていたのが井伏鱒二。(野上照代「天気待ち・監督黒澤明とともに」より)「花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」は名訳ですね。一期一会を大切に邂逅を喜びたいと思います。釣の名人井伏鱒二が一目おく釣師が開高健ヘミングウェイみたいな開高健が示した出版人マグナカルタ9条では特に「読め!遊べ!飲め!」が心強くこれからも実践していきたい。(但し、飲んだあと転ばないように?!)サントリーのコピーライターとして残した名言もしびれます。たとえば「危機と遊びが男を男にする」 「悠々として急げ」の生き方で人生を激走した彼の死はあまりに早い。

 サントリーと言えば佐治敬三。「やってみなはれ」精神はサントリーの社是らしい。経営者で尊敬するのはヤマト運輸の故・小倉昌男。「小倉昌男 祈りと経営」読みました。小倉社長の知られざる苦悩が胸を打ちます。面談を申し込んだが叶わなかったようですね。

 水木しげる氏の幸福の7カ条は意味深でした。とりわけ「才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ」には考えさせられました。「努力は全てを可能にする」という人もいます。水木氏は逆説的に言っており、真意は別にある気がしますが、、。何れにしても、本作品は含蓄に富んだ名言がみちており、生きる上で力となり勉強にもなりますので、友人や知人に購読を進めます。 

次の感想は小説家、画家、政治家の順にしようと思います。再スタートは世界に衝撃をもたらした三島由紀夫の死(命日1970-11-25)からですね。 ところで岡本太郎に昔お会いしたとありますが、新橋の「蛇の新」という居酒屋を岡本太郎が贔屓にしていたそうです。一度行きましたかね?まだでしたら案内します。   

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「名言との対話」8月2日。中坊公平「世の中で一番大切なもの、人間にとって最も大切なもの、それは「思い出」ではないか」

中坊 公平(なかぼう こうへい、1929年8月2日 - 2013年5月3日)は、日本弁護士大阪弁護士会)。元日弁連会長。新しい日本をつくる国民会議21世紀臨調)特別顧問。菊池寛賞受賞者。

森永ヒ素ミルク中毒事件豊田商事の被害者救済に弁護団長、破産管財人として尽力し、日本弁護士連合会会長や整理回収機構の初代社長をつとめた。1999年に設置された司法制度改革審議会において委員として参加し、法科大学院裁判員制度の導入に尽力した戦後日本を代表する弁護士であり、「平成の鬼平」とマスコミ各社に名付けられた。実在の人物であり悪を懲らしめる「鬼平」と呼ばれた火付盗賊改方長官・長谷川平蔵を主人公とする池波正太郎の捕物帳『鬼平犯科帳』に因んだ言い方である。

私は太陽電池で動いており、妻が私のお日さんなのだ。」(いい家庭をつくることは男子一生の事業である)

「いろいろな仕事の条件や内容を調べて、自分に適合する仕事を探そうとすること自体が、私は違うだろうと思っています。それよりも、いかに自分の能力を上げるか。現場へ行って本質をどのようにして発見できるか。その力を自分のものにする技を磨くことがもっと重要なのですね。」(就職は、現場での修行と思え。場所はどこでもいいということだ)         

「少なくとも三つ(牧師・医者・弁護士)の職業はですね、人の不幸を金に変えてはならないというのが厳然たる倫理だと思うんですね」(やはり、鬼平と呼ばれるだけのことはある)

冒頭の「思い出」とは、「家族と過ごした楽しい思い出。必死になって仕事に打ち込んだ思い出。心を分かち合った友人との思い出。そんな多くの思い出こそが人が生きてきた証であり、最後にやすらかな幸福感をもたらしてくれる」と本人が解説している。中坊公平はこころやさしき人であることがわかる。やはり「平成の鬼平」にふさわしい。