インターゼミ合宿(箱根)初日

午後から箱根でインターゼミ合宿。9年目。

f:id:k-hisatune:20170804063718j:image

 私から冒頭の挨拶:

・『ユニオンジャックの矢』。寺島の三井物産でぼ1975年のロンドン出張。1980年の中央公論「我ら戦後世代の坂の上の雲」まで。その後7年間の沈黙。私の1978年のJALロンドン空港の1年2ヶ月。1982年の遭遇。出会いの物語。

・「寺島実郎の気概と方法」というテーマで解説。

 

 

 教員発表:

野坂先生:経営学と地方創生。漁業・養殖業。宮城県の水産特区。イノベーションが必要。民間参入と協業化。漁業構造の問題。高付加価値化。

f:id:k-hisatune:20170804063747j:image

 

韓先生: 観光まちづくり。内部コンフリクト。由布院合併問題。滋賀県金江。 f:id:k-hisatune:20170804063810j:image

 

 丹下先生。

中小企業の海外撤退。開拓と撤退。35%が失敗。失敗事例の研究。販売・パートナー・人材。事前の取り組みがカギ。現地パートナーとの組み方。

f:id:k-hisatune:20170804063824j:image

 

 水盛先生

大中華圏。 中国史は外国人である日本人には取り組むことができる。漢文、白話文。日本と中国の違い。

f:id:k-hisatune:20170804064055j:image

 

  •  アジアダイナミズム班の発表「モンゴル帝国のユーラシア興隆史」

情報伝達力。駅伝システム。ロシア、オスマン、明、ムガール。モンゴルからみた世界観。中国の歴史とモンゴルの歴史の緊張感。継承と緊張。バランスよく、朝鮮とモンゴル。岡田史観。杉山正明

f:id:k-hisatune:20170804064116j:image

 

 

 

  • 多摩学班の発表「若者にとって魅力ある多摩地域の創生」

市からの委託研究と保護者アンケート。健康寿命が1位。都市型城外高齢者ゾーン。老人の手が厚い街。スーパーメガリージョン。シェアリングビジネスの流れ。託児所。資格制度。研修。ダイナミズム、、、。

f:id:k-hisatune:20170804064143j:image

 

  •  サービスエンタメ班の発表「ショピングモールという商業空間からみる消費文化と提言」

都市型モール。都市近郊型モール。田舎のモール。購買力の問題。SNSとの相関。京都。世代別。貧困か。マクロ統計とミクロ感性。

f:id:k-hisatune:20170804064202j:image

 

 

社会科学もAI的知見が必要。西垣。松尾。正しい知見。認識する力と意識する力。認識するセンサー能力はAI。感動・涙。宗教などは人間。音を観ると書く観音。光を聞くと書く聞光。子育ての仕組み。謙虚に勉強する。

f:id:k-hisatune:20170804064251j:image

 

 木村先生の総括:密度濃い時間。これからは凝縮。予定調和を超えよ。f:id:k-hisatune:20170804064308j:image

 

  •  18時から食事会:自分の将来。現在の関心。
  •  19時半から懇親会:獺祭を飲みながら。木村先生、バートル先生、荒井ゆか君、久保田先生、、、。
  • 21時から二次会:事務局の大部屋で懇親会。23時で私は退散。

 

「名言との対話」8月3日。岩崎小弥太「資本家は利潤追求を目的とするが、経営者は利潤追求を越えた目標を持つべきである、それは国家への奉仕と、国利民福の実現と、一人一人の社員の人間としての完成である」

 岩崎 小弥太(いわさき こやた、1879年明治12年)8月3日 - 1945年昭和20年)12月2日)は、日本実業家で、三菱財閥の4代目総帥。男爵

 岩崎弥太郎1834年生まれ)は、海運から始めて鉱業、造船業、保険、為替など事業の「多角化」を図った。二代目の弟・弥之助(1851年生まれ)は海から陸へと事業「領域を広げ」、丸の内・神田に10万坪の土地を買った。その後、弥太郎の息子の久弥を経て、弥之助の息子・岩崎小弥太は30年の長きに亘り社長業を続け、部門毎の「分社化」に取り組み重工(造船)、商事、銀行、地所と優れた企業をつくっていった。

巨漢の小彌太はケンブリッジのカレッジを優等で卒業している。当時ケンブリッジの優等生は後に東大総長や文部大臣を歴任した菊池大麓(1855ー1917)のみだったから、その優秀さがわかる。ちなみに夏目漱石は同時の官費でのロンドン留学生だった。

「我々は大いに競争す可きである。然し私は我々の競争をして量の競争たらしめず寧ろ質の競争たらしめたい」

 二代目岩崎弥之助は、中国陶磁も含めた東洋美術の一大コレクションを夢見ていた。絵画、彫刻、書跡、漆芸、茶道具、刀剣などを蒐集した。それを引き継いだ小弥太は、800を超える中国陶磁を学術的観点から系統的に蒐集している。その蓄積が 現在の静嘉堂文庫美術館に結実している。

「利潤を越えた目標」には、文化興隆のための美術館建設も入っていたのであろう。その考え方の伝統は、2010年に開館した三菱一号館美術の存在にも引き継がれている。