土門拳『死ぬことと生きること』--独学・気力・写欲で「日本」を追う

土門拳「死ぬことと生きること」(みすず書房)を読了。

 

死ぬことと生きること (大人の本棚)

死ぬことと生きること (大人の本棚)

 

 エッセイには本音がでる。自伝にも本音がでる。記念館を訪ねた時には、その人の業績となる著書はもちろんだが、そういう類いの資料を求めている。

本日は、写真家の土門拳の65歳で出した初のエッセイを紹介する。

土門拳のテーマは「日本的な写真を撮ること」である。そして「リアリズム」が写真の本道であるとの信念を持っている。そこから『日本の彫刻』、『室生寺』、『風貌』、『ヒロシマ』、『筑豊の子どもたち』、『古寺巡礼』などの優れた写真集が生まれている。

日本人としての自分自身が日本を発見するため、日本を知るため、そして発見し、知ったものを日本人に報告するために、写真を撮り続けた。

土門拳は小学校時代から画家志望だった。中学を出て逓信省の日雇いになる。常磐津三味線の引きの内弟子、弁護士事務所の事務員、日大専門部法科の夜学を2年でやめる。24歳から2年ほど宮内幸太郎の内弟子で写真をやることになる。報道写真に焦点をあてた土門拳は、徹底的に独学で勉強した。写真の歴史と科学が読書のテーマだった。6畳一間に4人で寝るのだが、寝る時間を惜しんで写真関係の雑誌と単行本を500冊読み終える。寝床大学であったと本人が述懐している。またちょっとした休み時間にはカメラの操作の勉強にあてている。銀座の日本工房、名取り洋之助のもとで報道写真を勉強。国際文化振興会の嘱託。32歳、「写真文化」の作品に第一回写真文化賞を受賞する。

24歳頃に生涯のテーマ「報道写真」を意識し、それからの勉強の様子は鬼気迫るものがある。以下、語録。

・肖像写真は、その人らしい日常的な状況のなかで、動きの起こり始めた瞬間をとる。

・肖像写真は一つの人間像でなければならない。その人間の過去と現在をまざまざと物語るいわば自叙伝でなければならない。

・気力は眼に出る。生活は顔に出る。教養は声に出る。

・年は後ろ姿に一番出る。

・ライティングは、協調と省略の手段である。ロー・アングルは、モチーフを抽象する。ハイ・アングルは、モチーフを説明する。

・シャッターを切った瞬間に、画題も浮かんでいる。

・リアリズムは実践的課題である。

土門拳は、50歳で最初の脳出血。59歳で二度目の脳出血で車椅子生活に入る。この頃から名声は高まり、数々の賞を受ける。70歳、三度目の脳出血、それから11年間意識不明。72歳、土門拳賞創設。74歳、土門拳記念館が開館。80歳で永眠。50代以降は病気との闘いの中で、傑作写真を撮り続ける。その気力と写欲には頭を下げざるを得ない。

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17時:荻窪の日本地域社会研究所を訪問。落合社長と八木さんと懇談。編集の天井さん。知研、地研、高橋さんネットワーク、橘川さんのコンセプトバンク。

19時半:新宿の喫茶ネギシ。利根川さんと鶴田さん。未来フェス京都に関わる図解アルチザンの仕事。大学院、、、、。

 

「名言との対話」8月15日。ウォルター・スコット「最良の教育とは、人が自分自身に与える教育である」

初代准男爵サー・ウォルター・スコットSir Walter Scott, 1st Baronet, 1771年8月15日 - 1832年9月21日)は、スコットランドの詩人、小説家。ロマン主義作家として歴史小説で名声を博し、イギリスの作家としては、存命中に国外でも成功を収めた、初めての人気作家といえる

 私の子どもの頃に出会った『アイヴァンホー』は、11世から12世紀のイングランドが舞台の歴史小説だ。愛する姫のために、強敵に立ち向かっていく主人公・アイヴァンホーの物語である。そのテーマは騎士道だった。

「臆病でためらいがちな人間にとっては、一切は不可能である。なぜなら、一切が不可能なように見えるからだ。」

「成功、不成功はその人の能力よりも、精神的態度によるものが大きい。」

「休息が長すぎると、カビが生える」

スコットが言うように、教育は人から与えられるものだと考えていては成長はない。自分を教育する最大の人物は、自分自身なのだ。それがわかれば、生涯を通じて成長を続けることができる。