人事委員会・学部運営委員会・共同研究成果発表会、、。

「副学長日誌・志塾の風」170920

・人事委員会:9時30分-10時15分

  教員採用関係。非常勤講師公募。

 

・学部運営委員会:10時40分-12時40分

私からは「グローバルスタディーズ学部:離学率」「大学院:デジタル経営・ルール形成コース」の動き。モンゴル訪問の教訓。

 

・2016年度の共同研究12件の成果発表会。13時-14時半。司会は下井研究活性化委員長。f:id:k-hisatune:20170920132213j:image

 

・2018年度「より活発な共同研究を目指して」の説明と意見交換。彩藤先生の司会。14時半-15時半。

 

 

「名言との対話」9月20日。大野伴睦猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ」

大野 伴睦(おおの ばんぼく、本名:大野 伴睦(おおの ともちか)、1890年明治23年9月20日 - 1964年(昭和39年)5月29日)は日本政治家自由民主党副総裁。

党人政治家・大野伴睦は政治利権の権化といわれ批判も多く、新聞や雑誌の記事で名前をよく見聞きしていた記憶がある。

義理人情に厚い性格から「伴睦殺すにゃ刃物はいらぬ、大義大義と云えばよい」という戯れ歌でも知られた。難題であった1955年の自由党民主党保守合同による自由民主党の結成にあたり、宿敵であった三木武吉は性格を知り抜いた上で「救国の偉業だ」と説得し、合意を得ている。

酒豪としても知られ、「酒は飲む以上わけがわからなくなるまで飲むべきだ」という名言がある。また3回の投獄経験を持っており、「牢獄は人生の大学だ」と後に語っている。

佐藤栄作が「栄ちゃんと呼ばれたい」と言ったのは、伴睦が「伴ちゃん」と呼ばれ愛されたことからきている。また力道山を可愛がって日本プロレスコミッショナーをつとめた。読売新聞の渡邊恒雄は小野伴睦の記者であり、当時から政治に関与していた。また、北海道開発庁館時代の秘書官・中川一郎を見初めて、政界入りを勧めている。

「政治は義理と人情だ」が信条だった伴睦は、「私は物ごとを頼まれると、大抵のことは引き受けてしまう。大は天下国家の重要事から、小は記念写真のお付き合いまで、事柄の大小は問わない」というだけあって、心暖まるエピソードには事欠かない人情家だった。

冒頭に掲げた猿と代議士を比較した名言は、今でも選挙が近づくと目にする機会が多い。功罪はあったが、このようなエピソードや名言を眺めると、やはり魅力のある人物だったようだ。