原田國男『裁判の非情と人情』(岩波新書)--2017年度の日本エッセイスト・クラブ賞

原田國男『裁判の非情と人情』(岩波新書)を読了。

 2017年度の日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した元東京高裁判事のエッセイ。

「寅さん」シリーズの山田洋次監督が「こんな裁判官がいる限りこの国の法曹界を信じたい」と推薦している。文体は柔らかくユーモアがあるが、裁判をめぐる本質的な問題点を指摘している本ですうコラム「裁判官の余白録」をまとめたものだ。

裁判の非情と人情 (岩波新書)

裁判の非情と人情 (岩波新書)

 

 裁判官という知られざる世界の「人事」について垣間見える点が印象に残った。

・著者が尊敬する裁判官の一人は起案書を直さない、自分の意見を言わない合議、被告人に自由に語らせる裁判を行いながら指導を受けたこの人は、最高裁判事になった。

・無罪判決を続出すると、出世に影響して転勤や外されたりする。これも残念ながら真実である。

・後先のことなど考えずに、個々の事件にベストを尽くすべきだ。

・自由に意見を徴し、議論をすべきだ。自由な議論とは、何を言っても、人事上の不利益を加えないということである。

・「しぶしぶとしぶからしぶへしぶめぐり しぶのむしにもごぶのたましい」(裁判官としての不遇をかこつ歌)

・法曹一元(裁判官は弁護士から選ぶ)が望ましい。

・出世は目標ではなく、あくまで結果なのである。

以上の記述などを読むと、やはりこの世界も人事は最大の関心事であり、しかもその美微妙な本音も見え隠れしている。どの世界も人事は一筋縄ではいかないようだ。

裁判は複数裁判官の合議であるから、質問を受けることがあり、手控えが重要だ。「読むだけで事件全体が把握できる」ものを書く。「全体を一覧できるチャートを作るのも一つのアイデア」だ。証拠の位置づけがすぐにわかる。、、このようなことも書いている。私は裁判所で講演を頼まれたことがなんどかある。最高裁、東京高裁、仙台高裁、東京地裁宇都宮地裁、横浜簡易裁判所だ。そこでは「図解コミュニケーション」をテーマに話をしたのだが、著者の全体を一覧できるチャートを教えていたことになる。裁判員制度の導入前後であり、図解に関するニーズが高まった時期だった。

著者は裁判官は文芸作品や小説を読むべきだ。なぜなら裁判官に欠けている、情と人情を勉強できるからだ、という。池波正太郎鬼平犯科帳』と映画の山田洋次男はつらいよ』シリーズをすすめている。

吉永祐介検事総長。龍岡資晃判事。香城敏麿判事。四ツ谷裁判長、石田穣一裁判長。、、以上のような尊敬する先輩の名前がでてくる。彼らに鍛えられて仕事を覚えていく。どこの世界でも同じだ。この本には「人間の器が違う」という言葉がでてくるのが印象的だ。仕事、趣味などトータルでみたその人の「器」である。器の大きい人に出会う喜びが仕事の喜びでもある。

著者には昔から法廷で面白いことがあると、すぐノートに書いておく習慣があった。ノートの題名は「法廷ちょっといい話」である(戸板康二「ちょっといい話」。また裁判官に取材してメモを取っていた。また長年の習慣は日記で、平成元年(1989年)から2017年まで続いているという。28年だ。「ノートと日記」がこの本の原材料となっている。

 

 

「名言との対話」10月24日。渡辺淳一「鈍さも見方を変えれば才能で、それこそが誠実さや、一途さ、信念といったものを生み出す原動力となるはずである」

渡辺 淳一(わたなべ じゅんいち、1933年昭和8年)10月24日 - 2014年平成26年)4月30日)は、日本作家

渡辺淳一が65歳のときに建てられた札幌・中島公園の近くにエリエールスクエア札幌「渡辺淳一文学館」の渡辺淳一記念文学館は2009年に訪ねている。1階の書棚が司馬遼太郎記念館に似ていると思ったら、やはり設計・デザインは同じ安藤忠雄だった。1969年から2008年までの39年間で著書は139冊。年間3冊から4冊づつたゆまず生み続けていることになる。ひとひらの雪、化身、失楽園愛の流刑地などのベストセラーや話題作が途切れることなく出ているのは凄い。テーマは、恋愛。男女の愛。愛と性。

 先輩の伊藤整から「君ね、できたら一度でいいから、ベストセラー作家になりなさい」、ベストセラーを出すと人が寄ってきて、「書いてくれ、書いてくれ」とせかされ、追われて、そこで初めて隠れていた自分の能力を引き出される。ベストセラーを出した人間とその経験のない人間では力のつき方が違う」「だから、一度はスターに、時代の寵児になりなさい」と言われた。「これ(「ひとひらの雪」)を書いていて間違いない。男女ものでいいんだ。生涯これを書いていこう」と確信したのです。ちょうど50歳目前のときだった。

「たとえ才能が貧しくても、それを乱費せず、実感をベースに、自分がのめりこんでいけるものだけを書いていこうと。」
「日々、締め切りに追われて、気がついたらここまできていた、というのが本音である。」

渡辺淳一の世界2−−1998−2008 失楽園から鈍感力まで」(集英社)を読む。「前夜酒を飲んでも、朝早く起きて原稿を書き始めます。厚めの原稿用紙と鉛筆と消しゴムを使って、行きつ戻りつしながら書くのが男女ものに合うのです。」

私がまだ20代で北海道にいた頃、講演会を企画したことがある。渡辺淳一の名前を出したら交渉役になってしまい、何度か接触した縁もある、この作家の「鈍感力」(集英社)を2007年に読んだ。この小説家は男女の機微を描いた作品が多くファンも多いが、今回のタイトルはいつもの小説のニュアンスとは違うので、不思議に思っていた。妻がこの本を買っきて読んだあと、「どんな本なんだ?」という私の問いかけに「そうねえ。女性の鈍感力以外のところは、お父さん(最近はそう呼ばれている)のことを書いているようです」との答えだったことを思い出した「鈍感力」でゆこう!