東京都美術館『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』

先日、東京都美術館ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』をみた。

ゴッホの日本びいきがこれほどまでとは思わなかった。また、ゴッホには天才と狂人が住んでいると改めて感じた。

ゴッホは、日本の浮世絵の澄んだ明るい色彩、自然の生き生きとした描写力によって鬱病を克服し、心身の回復をはかっている。渓齋英泉、歌川広重、、、。

1887年、1888年の2年間は、日本と日本人をモデルに芸術家のユートピアを夢想し、南仏のアルルに芸術家の共同体を実現しようとした。しかし加わったのはゴーガン一人だった。そのゴーガンをカミソリで襲おうとし、睨み返されて引き下がり、自分で自分の耳をそぎ落としてしまう。精神病の発作だった。

「ぼくらは日本の絵画を愛し、その影響を受けている。このことはすべての印象派画家について言える。」

「日本美術を研究すると明らかに賢者であり、哲学者であり、知的な人物に出会う。」

「まるで自身が花であるかのように、自然の中に生きる、こんなに単純なこれらの日本人が教えてくれるものこそ、まずは真の宗教ではないだろうか。」

 

1853年生。27歳、画家になる決心をする。29歳、娼婦のシーンと同棲。33歳、パリの弟テオと住み始める。34歳、収集した浮世絵展をカフェ・ル・タンブランで開催。34歳、パリ生活に疲れ、精神に異常をきたしていく。35歳、アルルに到着。ゴーガンと共同生活。破局。精神病院。37歳、拳銃自殺。画業は27歳からのわずか10年だった。

「ミレーの種まく人は畑にいるただの種まく人ではなくむしろその魂なのだ」(「種まく人」は、神の言葉を種まく人。

「今皿に手を伸ばしているその手で土を掘ったのだということを強調しようと努めた。だからこの絵は「手の労働」を語っているのであり、いかに彼らが正直に自分たちの糧を稼いだかを語っている」(「じゃがいもを食べる人たち」。禁断の木の実を食べて楽園を追放された時、アダムに課されたのが土を耕すという労働。

「ぼくのような苦しみの多い人間は、自分よりも偉大な何ものかなしにはやっていけない。それはぼくの生であり、創造の力だ。」

「カテドラルよりは人間の眼を描きたい」

 

 

「名言との対話」10月30日。ドストエフスキー「他人のために自分を忘れること、そうすればその人たちはあなたを思い出してくれます」

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーロシア語: Фёдор Миха́йлович Достое́вский; IPA[ˈfʲɵdər mʲɪˈxajləvʲɪtɕ dəstɐˈjɛfskʲɪj]1821年11月11日ユリウス暦10月30日〕 - 1881年2月9日ユリウス暦1月28日〕)は、ロシア小説家思想家である。

レフ・トルストイイワン・ツルゲーネフと並び、19世紀後半のロシア小説を代表する文豪である。代表作は『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』など。世界中に愛読者がおり、文学者以外でもアインシュタインフロイトマーラー等は、それぞれ大きな影響を受けている。日本では、江戸川乱歩黒澤明手塚治虫村上春樹三島由紀夫などに影響を与えており、杜夫はドストエフスキーを世界最大の作家だと憧れていた。

25歳、処女作『貧しき人々』が激賞されデビュー。28歳、空想的社会主義のサークルに参加したかどで死刑の宣告を受けるが、処刑直前に特赦を与えられシベリアに流刑。6年後の38歳で帰還。兄ミハイルと『時代』を創刊。『虐げられし人々』『死の家の記録』で文壇に復帰。45歳『罪と罰』、51歳『悪霊』、54歳『未成年』と意欲作を数年おきに刊行する。57歳、「カラマーゾフの兄弟」を発表するが、その数ヶ月後にに亡くなった。著作は35篇。

同じ年齢で人は何をしたかを調べる。コペルニクスが「天球の回転について」を執筆した。バッハが「ゴルトベルク変奏曲」を作曲した。カントが「純粋理性批判」を刊行した。ワシントンがアメリカ合衆国初代大統領に就任した。サドが「悪徳の栄え」を刊行した。日本人では、鴨長明が「方丈記」を執筆した。山本常朝が「葉隠」を完成した。島崎藤村が「夜明け前」を書き始める。

この世界的作家の著作は、『罪と罰』を大学生の時に読んだ。殺人を犯した大学生ラスコーリニコフが、娼婦ソーニャのキリスト的愛と献身によって再生していく感動的な物語で、ドストエフスキーの深い世界に触れた。

名声とは裏腹にドストエフスキーは賭博好きのため生涯を通じて貧乏であり、借金返済のため過密なスケジュールで小説を書くはめになった。名作『罪と罰』は口述筆記だった。速記係のアンナ・スニートキナは後に妻となった。

「家庭の不幸はどんなときでも、一つだけではすまないものである。」とドストエフスキーはいう。確かに病気、貧乏、離婚、など不幸は一緒に訪れるから、始末が悪い。

ドストエフスキーは、自分を忘れて他の人のために尽くせ、そうすれば他人はお前に感謝するだろう、という。。自分のためだけであると、人は頑張りがきかないらしい。他人のためという目的が入ると、最後までものごとを遂行する力が湧くのだ。