T-Studio「トレンドウオッチャー」(久米信行客員教授)をリリース。T-Studioでの録画・録音「名言との対話」はセンテナリアンの「日野原重明」と「片岡球子」。

「家業の繊維会社のために、ITを活用したことが、日経や経済産業省の各種賞の受賞に繋がり、全国各地からの講演依頼に応えているうちに、地域観光、まちおこしの「プロの旅人」として、日々、東奔西走する久米信行氏。SNSを駆使して地域を元気にする極意を、久恒啓一教授との対談で伝える番組です。」

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多摩大T-Studioでの録音・録画風景。

本日のテーマは「センテナリアン(百寿者)」。片岡球子日本画家)と日野原重明(医師)。

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 研究室

・金先生:ディプロマポリシーの体系

ラウンジ

・杉田学部長:ディプロマポリシー

・講義にみえた多摩大OBの(株)バザールエンターテイメントの大和田氏、青山氏に紹介される。

 

「名言との対話」11月1日。中江兆民「民主の主の字を解剖すれば、王の頭に釘を打つ」

 中江 兆民(なかえ ちょうみん、弘化4年11月1日1847年12月8日) - 明治34年(1901年12月13日)は、日本思想家ジャーナリスト政治家衆議院議員)。

土佐藩の留学生として長崎(坂本竜馬と出会う)、江戸でフランス学を学ぶ。 1871年、司法省から留学生としてフランス留学。1874年帰国。東京外国語学校長、元老院権少書記官。1877年辞職。1881年西園寺公望らと「東洋自由新聞」を創刊(主筆)し自由民権論を唱え、ルソーの社会契約・人民主権論を『民約訳解』で紹介し「東洋のルs-」と呼ばれるなど、自由民権運動の理論的指導者となった。保安条例で東京追放の後は1888年以降、大阪の『東雲新聞』主筆として、普選論、部落解放論、明治憲法批判などを展開した。

「剣をふるって風を斬れば、剣がいかに鋭くても、ふうわりとした風はどうにもならない。私たちは風になろうではありませんか。」

アバタ面で背は高くなかった。性は豪放磊落で日常生活は無頓着であり、狂人や乞食、賭博の親分などと間違われたエピソードがあるなど、奇行が多かった。「秋水」とも名乗っていたが、この号は弟子の幸徳秋水(伝次郎)に譲り渡している。

「自由はとるべきものなり、もらうべき品にあらず」と自由の本義を語る兆民は、民が王の頭に釘を打つのが民主であると喝破した。冒頭の言葉はリズムがよく覚えやすい。