多摩大学インターネット放送局「T-Studio」久恒啓一の『名言との対話』--第25回は「石井桃子」

「副学長日誌・志塾の風」171205

17時-19時:湘南台のグローバルスタディーズ学部の学部運営委員会に出席。

--定員。時間割。離学。入試。就職。

 

 ■多摩大学インターネット放送局「T-Studio」久恒啓一の『名言との対話』
http://www.tama.ac.jp/t-studio/hisatune/index.html

 高齢社会の生き方を100歳人生を生き抜いてきたセンテナリアンに学ぶ第3弾。児童文学一筋を貫き、300冊を超える子供向けの絵本などを世に送り出した石井桃子の聖なる生涯。

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湘南台で弟と食事。

 

 

「名言との対対話」12月5日。吉本せい笑わせなあきまへんで」

吉本 せい(よしもと せい、1889年12月5日 - 1950年3月14日)は、吉本興業創業者、芸能プロモーター

明石家さんまダウンタウンなど、人気芸人の宝庫ともいうべき吉本興業。日本の「お笑い界」を席巻する吉本興業の創業者が吉本せいである。山崎豊子の小説『花のれん』のモデルである。そして

20歳で老舗荒物問屋「箸吉」の息子と吉本吉兵衛と結婚。22歳、「第二文芸館」を買収し寄席の経営を始める。変化する入場料、物販のアイデア。機転と気配りの天才。複数の寄席を「花月」と改名。寄席以外にも、ものまね、義太夫、娘義太夫、剣舞、曲芸も興業に加えていく。客を呼べる看板芸人にはサラリーマンの10倍以上の破格のギャラを出す。吉本せいは、優れた起業家であった。

落語に比べ歴史は古いが地位の低かった万歳に目をつけ、エンタツアチャコのインテリ万歳で成功をおさめる。万歳を新しい名前「漫才」に変えて芸能の世界を変えていく。ラジオ時代に乗って客をどんどん増やしていく。ついにせいは「女今太閤」「女版小林一三」と呼ばれるまでになる。吉本せいは、大実業家となっていく。

「心許すときはしっかりその人を観なはれ。時代を先取りして、誰の意見でも有り難く聴くことです。実行する、せんはこちらが決めればよろしい。失敗は何にでもつきもんです。恐れてては何もできまへん」

吉本興業の使命は大衆を「笑わせる」ことだった。人を観る。時代を先取りする。意見をよく聞く。そしていいと思ったものは失敗を恐れず断固実行する。お笑いに人生を賭けた女大将は、「笑わせなあきまへんで」と常に言いながらお笑いの集団を組織していった。吉本せいをモデルにした2017年10月から始まったNHK朝ドラ「わろてんか」でその人生ドラマを楽しみたい。