文藝春秋95周年記念号(完全保存版)

文藝春秋95周年記念号。完全保存版。

文藝春秋 2018年 01 月号 [雑誌]

 -塩野七生「精神のインフラとしての読書」。小泉純一郎「2018年は明治維新150年」「簡素な税制」「ハイパーインフレ」。

-高倉健「出演総数205本」。美智子皇后「かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいずこ行きけむ」。山崎豊子「進行表。あらすじと備考と疑問点」「トップに会う。録音。書き起こし。書き込み」。本田宗一郎「寝食を忘れ、親兄弟を忘れ、金銭を忘れ、名誉を忘れ、世俗の野心を忘れ、好きなことに思いっきり打ち込む」。井上ひさし「読んだ本の種類と数量で言えば断トツ」。宮崎駿「幼児性」。森繁久彌「ピンとキリだけ知っておけばいい」。城山三郎「読者こそ、僕の勲章」。渡辺淳一「人間をきちんと書け」。土光敏夫「日本人が、世界の中で冷や飯を食うような時代が来ないようにするためだ」。白洲正子「子どもたちには無関心」。福田恒存「保守とは人間の平衡感覚」。中曽根康弘「大学ノート13冊」。川端康成「中学時代、ノーベル賞作家になる夢」「葬式と弔辞の名人」。ヘミングウェイ「タイプライターで原稿を立って書いた」。菊池寛「200の落語。菊池寛落語」。堀江謙一コロンブスもパスポートは省略した」。山本夏彦日本橋の浜町河岸、あい鴨の鳥安、うなぎの前川、神田川。てんぷらの中清。」中華街。三渓園の古い料理屋」。山田風太郎「敵が寛大に日本を遇し、平和的に腐敗させかかて来る政策を何よりも恐れる」。篠沢秀夫「毎夕3時間。8年間で6冊の本」「宮城谷昌光「小説をかきはじめるまえに年表を作る」。鴨下信一「昭和芸能史。昭和のことば」。野村克也「筋書きを書いて演出までやるのがキャッチャー」。林真理子私の履歴書同級生交歓」。

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午後:大手町の日本経済新聞社を訪問。中沢編集員と面談。中沢さんは「私の履歴書」の執筆者。オリエンタルランドの加賀美俊夫。オムロン立石義雄月桂冠の大倉敬一。セキスイハウスの和田勇。作家の小松左京。作家の倉本聡。帝国ホテルの村上信夫。漫画家の水木しげる。コメディアンの萩本欽一。画家の小泉淳作人形遣いの吉田蓑助。島津製作所の矢島英敏。「場面で描く」「動き」「スケルトン」「失敗談をユーモアで」、、。2月に地研。3月に講演。

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夕刻:有楽町の交通会館のスカイラウンジで橘川さんらとミーティング:目黒高校でのセミナー。教育システム。日本未来学会のゲーム研究会。アジアの300の学校とマーケッティングと留学生。ドレミングギークハウスのシェアハウス運動。ビットコイン。いびき外来。

 

「名言との対話」12月19日。井上成美「日露戦争で勝った発想で、現在の軍備を考えているとは、時代錯誤そのものである」

井上 成美いのうえ しげよしせいび1889年明治22年12月19日- 1975年(昭和50年)12月15日)は、日本海軍軍人。海軍大将となった最後の軍人。

井上成美は、明治22(1889)年、宮城県仙台市生まれ。仙台の、仙台二中を卒業し、江田島海軍兵学校に学ぶ。海軍兵学校の入学時の成績は180名中8番、卒業時は2番だった。

当時の井上軍務局長は、米内光政海軍大臣山本五十六海軍次官と共に1937年の日独伊三国軍事同盟に「集団防衛というけれど、日本にドイツからどれだけの援助があるのか。またできるのか。強い国と仲良くしていかなけりゃならんのに、アメリカとも仲が悪くなるし、イギリスとも悪くなる。一方で、ドイツからは何等の恩恵もこうむらない。日本にとって何のメリットもなく、得するのはドイツだけです」と最後まで反対し、日米開戦にも強硬に反対した。

「敗戦は亡国とはちがう。古来いくさに勝って国が滅亡した例は少なくない。逆に戦いに破れて興隆した国がたくさんある。無謀の戦争に此の上本土決戦の如き無謀をかさねるなら、日本は本当に亡国になってしまう」は、早期講和を主張して米内大臣と対立した時に、井上成美が言った言葉である。

東郷元帥については「人間を神様にしてはいけません」と言い、また山本五十六神社建立の動きに対しては「軍人を神格化するなどもっての外の沙汰だ」と戦後の阿川弘之のインタビューに答えている。阿川は『井上成美』を書いた。敗戦直後から住んだ三浦半島長井の旧井上邸が記念館になっていたが、東日本大震災で被災し閉館になっているようだ。

海軍では自らをラジカル・リベラリストと称していた井上成美、そして米内、山本などの軍人が枢要な地位にいたのだが、歩兵中心で精神力を基盤とする陸軍と、合理主義の技術者集団である海軍とは相容れなかったようである。世界は日々進歩を重ねており、科学と技術の分野は目覚ましいものがあるが、しかし日本だけが戦略と戦術に関しては進歩というものがないとして、日露戦争勝利の成功体験から抜け出せない時代錯誤の体質を井上は危惧していた。そして、その危惧は現実のものになった。