共同研究発表会ーー共同と研究と。

教授会:卒業判定と進級判定

 -------------

研究発表会(FRC):共同研究の事前説明会。司会は下井研究委員長。11人の発表。

-小西先生:高大接続アクティブラーニング研究会。AL評価技法の開発。AL評価の多摩大へ。高校のラーニングポートフォリオ、入試での多面的評価、大学でのコンピテテンシー(主体性・多様性・協同性)の評価手法の開発。

-野坂先生:アクティブシニア。都市農業者へのヒヤリング。マッチングプラットフォーム、シェアリング農業のビジネスモモデルへ。

-大森先生:ビジネスモデル検定。e-leaninngで補完。Moodle。小テストで自動採点。

-水盛先生:中国における企業ガバナンス。日本人経営者インタビュー。中国崩壊論の崩壊。国営企業、国有企業(党)、民間企業、外資系に導入。

-久保田先生:多摩地区のアクティブシニアの実態調査。就労健常者20%、非就労健常者33%、介護予備軍29%、介護19%。多摩の実態。非就労健常者を就労健常者へ。ITリテラシーの活用。

彩藤先生:見守りARペット。AI、AIスピーカー。

-良峯先生:脳波を活用した高齢者QOL支援と評価。マインドフルネス、セラピートレーニング、脳波トレーニング。

-丹下先生:中小企業におけるインバウンドビジネスのマネジメントに関する実証研究。企業に焦点を当てた研究は少ない。インバウンド対応を目指す中小企業への示唆。グローカルビジネス。

-今泉先生:鳥の目・蟻の目。厚労省裁量労働ナイチンゲール。動的可視化システム。ドローン映像。ツリーで表現。

-出原先生:歩行画像解析による高齢者運動能力の推定(歩行年齢 Kinect)。スマホ利用の継続観測によるAL学修効果測定(ALの定量効果測定)。スポーツ指導のためんお道がアーカイブの実装(フットサル、一連プレーというシーン、範囲のAI学習)

-飯田先生:中国北京郊外の起業家と学生の交流。、、、。

 

f:id:k-hisatune:20180224230623j:image

 興味深い共同研究が多かった。「共同」の趣旨は十分。「研究」については二大潮流が確認できたのは収穫。

・アクティブラーニングに関するものは、小西・大森・良峯・出原・飯田。5件

・ジェロントロジーに関するものは、野坂・久保田・良峯・彩藤・出原。5件。

・他は、企業経営:水盛・丹下。AI:出原・彩藤。

終了後、良峯先生、志賀先生と懇談し、私は良峯先生の「脳波」に参加することにした。図解学習による前頭前野の測定に関心あり。脳波NewroSkyのヘッドセットを早速購入し実験始めることにした。 

  f:id:k-hisatune:20180224230634j:image

 

 ラウンジ

・飯田先生:北京

・水盛先生:中国国営企業を買収し社長をつとめた友人を紹介することにした。

 

「名言との対話」2月23日。片倉もと子「 沙漠のままの文化を大切にしたい」

 片倉 もとこ(かたくら もとこ=素子=・旧姓新谷、1937年10月17日 - 2013年2月23日)は、日本の民族学者

民俗学者文化人類学者として、生涯にわたって中東の遊牧民とアラブ・ムスリムの研究に従事。日本では殆ど知られていなかった中東文化について、多大な知識がもたらした。アラブ独特の価値観、アラブ女性の世界、アラビア海洋民(海の遊牧民、片倉による呼称)の存在、などを明らかにしたイスラム研究者である。

大学共同利用機関である京都の国際日本文化研究センター日文研)の歴代所長は梅原猛河合隼雄山折哲雄と生え抜きが続いていたが、所外者で初めての女性の所長をつとめた。

片倉は「沙漠のままの文化を大切にしたい」との言葉を残して他界。遺言には、遺産を基金として沙漠文化の研究者や芸術家に役立ててほしいとあり、この遺言に基づき財団が設立された。一般財団法人片倉もとこ記念沙漠文化財団は、片倉もとこの志を受け継ぎ「沙漠文化大切にし」「沙漠そのもののうつくしさをひきだす」ことに より、沙漠文化の「諒解」に寄与することを目的としている。沙漠文化に関する調査研究や芸術文化活動に取り組む人々を顕彰する「ゆとろぎ」賞をがある。ゆとり、くつろぎからりくつを引いた言葉だ。アラブでは仕事、遊び、ラーハと時間を区切るのだが、そのラーハは日本語のくつろぎにあたる。

 シルクロードには大きく3つの道がある。「草原の道」「砂漠の道」「海の道」。この砂漠を愛したのが片倉もと子だ。イスラム社会では人物が立派であるかをはかるイルムという言葉がある。理性と感性の両方を含む「情報」を持っている人だ。旅と交流によって得られる世界観だろう。片倉もと子は14世紀初めに30年間にわたりイスラム世界を旅行した偉大な探検家・イブン・バットゥータに因んで、アラビア人の学者から「あなたはまるで"ビント・"(バットゥータのビント=娘)だ」と、光栄なあだ名をもらっている。

片倉もと子は砂漠の魅力に取り憑かれた一生を送り、日本沙漠学会副会長もつとめた。砂漠文化の伝承のために遺産を寄付し、それが財団となって「志」が継続していく。