現代の志塾「経営情報学部」2018年度全教授陣ーが集合!

現代の志塾「経営情報学部」2018年度全メンバーが集合。この写真をどう使うか?

 

ラウンジにて。

・久保田先生:インターゼミAI班、ZOOM、、、。

・高野課長:ホームページ

・渡辺さん:戦略会議の締め切り確認

・関客員教授:今年は人数が増加。高校教育、、、。

・荻坂教員教授:「やあ」。

・杉田学部長:オリパラ対応

 

 学科長ミーティング:杉田学部長、小林学科長、趙学科長と:事業構想学科カリキュラム、懇親会費、バイク、、、、、。

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「名言との対話」(平成命日編)」5月9日。安藤太郎「経営の一番のキーポイントは情報処理。情報が不的確だと明確な企業ポリシーはできてこない」

安藤太郎(あんどう たろう、1910年明治43年)1月3日 - 2010年5月9日)は、宮城県出身の実業家

安藤太郎は住友銀行常務時代に「都銀懇話会」で活躍した。当時の都市銀行の経営ビジョンは、富士銀行の松沢卓治常務(後の会長)、三菱銀行の黒川久専務(後の副頭取)と安藤の三羽烏だった。

安藤は974年に副頭取から住友不動産社長に就任し、石油ショックで経営難に陥った同社を多角経営で立て直した。「三井や三菱の上になるには、新たにカネをつくる方法を考えなくてはいけないんだよ」という考えだった。「浮利を追わず」という住友グループの方針から他の企業からの批判もあったが、物件ごとに市場から金を集めるというシステムを考案し、東京の都心の千代田、中央、港区の土地を買いまくる積極経営で、三井不動産三菱地所と肩を並べるまでに押し上げた。この時代の財界・経営関係の雑誌では安藤はよく登場していた記憶がある。誕生日は私と同じなので気になる存在ではあった。

2002年に完成した住友不動産の象徴ともいえる泉ガーデンタワーは地上45階、地下2階の高層ビルである。私はある大企業の営業部隊のコンサルタント的な仕事をしたとき、このビルの素晴らしいレストランで担当常務から御馳走になったことがある。このファシリティは安藤の仕事だったのだ。泉ガーデンには泉屋博古館分館があり、2010年に訪問した。住友家の旧蔵品を蒐集した京都の(財)泉屋博古館が、東京に分館を開設して広く鑑賞の機会をつくったのだ。住友コレクションとして世界的に有名な中国古代青銅器、そして明末清初の作品を中心とする中国絵画のコレクションは、住友家第15代の住友吉左右衛門友純(春翠)が30年に亘って集めた蒐集品が根幹でそれらを堪能した。

安藤の積極経営の資源は「情報」だった。確度の高い情報を入手し、吟味し、明確なポリシーをつくりあげて、組織と集団に方向感を与えて戦いに勝利する。それは都銀懇話会でライバル銀行の俊秀との切磋琢磨で磨き上げ身につけたやり方だったのであろう。安藤太郎は、2008年の98歳で健康を害するまで住友不動産の相談役として過ごしている。自宅で老衰で亡くなったのは、100歳だった。