多摩大学・高大接続アクティブラーニング研究会の2018年度の第1回を開催。

多摩大学・高大接続アクティブラーニング研究会。2018年度の第1回を開催。

・金センター長挨拶。

・自己紹介:多摩大(金・小西・趙・バートル・加藤・初見・松本・杉田。水嶋・池田・松井)以外は以下。神奈川県立上鶴間高校の浅香先生、室井先生、夕田先生。科学技術学園高校の豊島先生。多摩大聖ヶ丘高校のいずおか先生。目黒学院の藤牧先生、多摩大目黒の越前先生、谷川先生、田端先生、加藤先生、、、。

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 目黒学院の藤牧先生:KP法。質問と回答。なりきる。演劇的手法。納得感の醸成。ペアワーク。ルーブリック。学力も向上。 

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多摩大目黒の谷川先生:ipad。新教育研究部。classi。actibook(動画)

スタディアプリ。kahoot(小テストあり)。デジタル教材の活用。

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多摩大目黒の越前先生:校外アクティブラーニング。異文化・異世代・探究。チェジュ島・いちょう団地・起業体験・東北復興に加えプログラミング体験プロジェクトも。

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記念撮影。

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「名言との対話(平成命日編)」6月4日。林隆三「感情を込めないと、我々役者は」

林 隆三(はやし りゅうぞう、1943年9月29日 - 2014年6月4日)は、日本の俳優及びナレーター

四谷で生まれ、物心ついた時は新潟・柏崎。小学校は仙台で過ごす。両親が山形出身であり、微妙に異なる方言の中で育つ。終生人間の生の声としての方言にこだわり、渋みのある演技でドラマ、舞台などで活躍した。

1970年に木下恵介・人間の歌シリーズ『俄』(TBS)に初主演。その後、平賀源内の青春時代を描いた『天下御免』(NHK)に出演し、人気を博する。1974年には映画『妹』(藤田敏八監督)で秋吉久美子と共演し注目を集める。1977年、津軽三味線の名手高橋竹山の若き日を描いた『竹山ひとり旅』に、新藤兼人監督に請われて主演。津軽弁を駆使した鬼気迫る演技で一躍スターと認められ、第1回日本アカデミー賞の主演男優賞を受賞。その後、テレビドラマは『森村誠一シリーズ』『噂の刑事トミーとマツ』『夢千代日記』』『ザ・ハングマン』『誘惑』、映画は『時雨の記』『郡上一揆』などに出演した。ドラマ「たけしくん、ハイ!」の頑固おやじから大河ドラマ徳川慶喜」の重厚な松平春嶽役まで幅広い役柄を演じた。

 ツアーでは3歳から習い始めたというプロ級のピアノを披露しており、「愛の讃歌」をよく弾き語りしていた。ライブでも「ボン・ヴォワヤージュ」を弾き語りして会場を沸かせていた。ヤマハクラビノーバのCMでは「音楽をもっている人はひとつ幸せです」と語りながら、野外劇場で弾く姿を見せていた。

ボランティア活動にも積極的で、重度障がい者の施設に招かれたときには、「ふるさとの空のもとで」などを弾き語った。東北育ちであったことから宮沢賢治をライフワークとしており、短編童話集「虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)」を太く、ソフトで、艶がある声で朗読した。

2011年東日本大震災後は復興支援活動にも積極的に参加。前年に宮城・石巻市でロケを行い、撮影では現地のエキストラの協力の下、完成させた映画「エクレール・お菓子放浪記」の公開にあたって、ギャラを全額、同市復興のために寄付した。

「『夢千代日記』の山根刑事は忘れることができません。素晴らしかったです」と共演した吉永小百合が語ったように「感情を込める」ことができる名優だった。この人の渋い演技は私も好きだった。70歳で亡くなったが、もっと俳優の道を進んでいたら、さらに記憶に残る名演技を楽しめたのだろう。人には寿命がある。