三菱一号館美術館「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界」。寺島文庫リレー塾の2018年前期最終回。

三菱一号館美術館「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界」

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ショーメはジュエリー(宝石)を扱う250年近い歴史を持つ企業である。ナポレオン一世の戴冠式の宝冠、皇后ジョゼフィーヌのブレスレット以外にも、ティアラ、王冠、紋章など王侯貴族のシンボル、麦の穂(繁栄と豊穣のの象徴)、トロフィーなど権力と結びついた装飾を扱う。ショーメの特徴は「自然主義、感情、壮大さ」の3つのテーマだ。上流階級であることを示す、東部を飾るティアラは、成功と財産を体現するものであった。

創業者はマリ=エティエンヌ=ニト。ショーメの着想源は、「歴史と地理」だった。古代、中世、ルネサンス、17世紀などの多様なものを組み合わせる歴史主義。世界、特に中国、インド、そして日本などの東洋文化からの影響が地理の世界だ。歴史と地理がインスピレーションの源である。

ニトはフランス革命の時に、王妃マリー・アントワネットが所有する日本漆器コレクションを助け出した。この関係はジャポニズムという形で続いている。自然現象を神格化した「雷神のブローチ」や、「硯箱」など、自然への魅了、洗練、崇拝などの日本の影響力は大きい。

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・自宅の書斎:「名言との対話」用に8月に読む本を整理。24冊か、修行だ。

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・研究室で仕事。次に向けて書類処理。

東京オペラシティ(初台)の東京アートギャラリーで開催中の「イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ」展をみる。

丸の内オアゾ丸善を覗く。

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19時から丸の内の日本工業倶楽部で寺島文庫リレー塾。寺島実郎講師。20時30分まで。椅子席で満杯。250名くらいか。

IMF世界経済見通し:世界18年3.9%、19年3.9%、20年3.8%。日本18年1.0%、19年0.9%、20年0.3%(18年は0.2%下方修正)。

・デジタル専制。日本の株価の実力は1万6千円。3割ダウン。時価総額キーエンス7.6兆円(IOT)が6位、ソニーは7位。ユニクロ5.4兆円、オリエンタルランド4.2兆円、日立3.8兆円、新日鉄住金2.1兆円。

マクロンと師のジャック・アタリ(思想家・作家)。国際連帯税などの新しい政策論。トランプの分析書(ニューヨークタイムス。・ワシントンポスト)。1968年、その時何をしていたか?映画「7月4日に生まれて」。

・ジェロントロジー:都市郊外型社会の高齢化が問題。工業生産力モデルと通商国家モデルの優等生が住む国道16号線ふるさと納税の活用。寺じまい・墓じまい。80歳の7割は健常者。ミスマッチ。高齢者を支える側にしていく知恵。天人五衰

・知の再武装。3段階の知。流動性知能。結晶性知能。唯識論性知能。(学習知・経験知・総合知?。暗記・関係・本質?。記憶力・判断力・洞察力?。?・図解・人物。流動性と結晶性はトータルで横バイ。自分史・家族史・回想録がいい。「いくつになっても脳は若返る」(ジーン・D・コーエン))

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「名言との対話」7月31日。鶴見和子「斃(たお)れてのち元(はじ)まる」

鶴見 和子(つるみ かずこ、1918年大正7年)6月10日 - 2006年平成18年)7月31日)は、日本社会学者

父・祐輔は政治家。母・愛子は後藤新平の娘。弟は戦後の進歩的文化人を代表する1人であった鶴見俊輔。南方熊楠柳田國男の研究、地域住民の手による発展を論じた「内発的発展論」などで知られる。1979年(昭和54年)に『南方熊楠』で毎日出版文化賞1995年(平成7年)に南方熊楠賞1999年(平成11年)に朝日賞

社会学者・鶴見和子の遺言は二つある。「憲法九条を守って下さい」。パリ不戦条約(ケロッグ・ブリヤン条約)が源であり、それは人類の理想だ。「曼荼羅の知恵をよく考えて下さい」。曼荼羅の論理は、異なるものはそのまま互いに補い合って共存する道を探究するという論理である。仏教は因縁を説く。因は因果律で必然性、縁は偶然性。科学の方法論としては西洋の因果律よりも優れている。これ鶴見和子が研究対象とした南方熊楠の考えだ。

鶴見和子は15歳で佐々木信綱に入門し、21歳で歌集『虹』を自費出版する。その後、アメリカ留学で学問の道に入って歌と別れる。晩年になって脳出血で斃れた後、半身不随になったが、言語の能力は残った。そして「半世紀死火山となりしを轟きて煙くゆらす歌の火の山」と詠んでいるように歌が次から次へとほとばしる。「斃れてのち、やむ」ではなく、「倒れてのち、はじまる」である。

冒頭の言葉は「斃(たお)れてのち元(はじ)まる宇宙耀いてそこに浮遊す塵泥我は」から取ったものだ。発病後、短歌を杖として生きた過程で、自身の内的発展論の「内発性」の意味を実感する。「萎えたるは萎えたるままに美しく歩み納めむこの花道を」。斃れてのちやむのもよし、斃れてのちはじまるもよし。必然(因)と偶然(縁)の織りなす運命に従て精一杯生きよう。7月31日は、鶴見和子さんを偲ぶ「山百合忌」と命名されている。

遺言―斃れてのち元まる

遺言―斃れてのち元まる