フル回転の日ー多摩、立川、荻窪、品川

学部授業:テーマは「図解広告」。以下、アンケートから「かたい言葉をやわらかく」「発表者の図解がすごい」「購入者側の立場になって考える」「図で考えると商品の長所と短所がみえる」「自分で考えるようにんばってきた」「図解広告は自分のためになる」「読解力・論理力・コミュニケーション力」「何かコツを掴めたような感覚」「頭を使うのでとても疲れた」「力がついてきた」「広告に比較がいい」「図を描くと自分の意見がでてくる」「柔らかい言葉」「考え方がすこしづつ変化してきた」「鳥の目」「気づいたら描けるようになってきた。積み重ね」「図解は無限によくなっていく」「流れがあり、主軸がしっかりあるといい」「図解は論理のデザイン」「文章は線を引きながら読むのが大事」「図解で様々なものを分析できるようになった」「広告さえも図解になってしまうことに驚いた」「図解は本当に万能な方法だと改めて感じた」

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大学院授業:テーマは「図解文章法」。以下、アンケート。

今日は図解から文章を書きましたが、自分で書いた図解でないと、はじめは矢印の意味が分からず繋がらないことに苦戦しました。しかし、接続語を見ながら書き始めると、一つ一つ当てはめてみてハマるものを入れて文章をつくることができました。この作業を通して、よく考えると前職で雑誌のインタビューと文字起こしをしていた時に、事前に紙に聞きたいことを書き出し、丸で囲み、矢印や棒で繋がりを考えてからインタビューに望んでいました。そして、聞いたことを赤ペンで追記し、その図から文字起こしをするやり方が一番やりやすかったのを思い出しました。修論を進めるにあたり、自分には図解からの文章作りが合っていると思うので、まず今の自分の考えを図にしてみたいと思います。

今回の一番の収穫は、若き日の久恒先生のDVDを拝見できたこと。当時のコンビニエンスストアの魅力を利用者と運営側の両者目線で○○やすさと6つのシステムとの関係をシンプルに図解されていた。文章を推敲すると同様に図解の見直し作業工程めある。都度、並び順や位置を調整しながら完成型に近づける。実のところ、毎回「図解で何でも出来ちゃう」「図解でわかっちゃう」そして「図解で論文も書けちゃう」と伺いつつ、どのように論文に繋がり辿りつけるのかはまだ雲を掴む思いでいた。しかしながら、図解「文章読本の流れ」から文を起こす作業を始めて体験したことで⑴矢印は接続詞(関係詞)に置き替える⑵囲み一つに対しての文章のボリュームや枚数を配分する。このうなスキルを活用すれば軸のブレない文章を起こしやすくなる。さらに大収穫となり、心づもりができて嬉しい。ありがとうこざいました^_^

今回は日経ビデオのつづきを鑑賞しました。コンビニエンスストアがなぜ躍進しているか?をテーマに図解していくプロセスをわかりやすく学びました。まずコンビニエンスストアについて思いつくことを書き出す→書き出したものをジャンル分けする→ジャンル分けしたもののキーワードを決める→その決めたキーワードはどのようなシステムで支えられているかを書く→それらの関連性を丸と矢印でまとめる。※ポイントととしてキーワードは単純にする。※タイトルは魅力的なものにする。論文の書き方として2005年に出版された「図で考えると文章がうまくなる」の内容を図解されたものを、文章化することをしました。先生が口頭で解説していただいたこともあり、思いのほかすらすらと文章化できました。※論文=内容×文章※結論は300字、論文は30枚、本は300枚で文章を膨らますには 事例、引用、反論などを加えると良い。本日は所用により早退させて頂きました。明日より2日間の1人合宿で仕事の内容を図解してみます。

今日の授業は前と違って、前はずっと図解をやってたんですけど、今日は逆にして、図解で出来上がったものを使って、文章を書くことになりました。予想通りに難しかったですね、一番やりづらいところは前のことと後ろのことをどうやって関連するのか、そのリンクを明確にしなければなりません。そういうのは結構時間かかりました。それから、接続詞がもっと使えるようになりました。でも、別にわざと使って文章に入れるわけではなく、図解の矢印を見たら、つい使ってしまって、癖になってしまいました。それはこれから気をつけましょう。最後、まだ一年生ですけど、先生からもう論文の書き方を教えていただきました、あらかじめにそのづらさを味わって努力してほしいかもしれないですが、ストレスとプレッシャーも感じられたんですねー

図を通じてコンビニのひみつを見つけようなビデオを見てもらいました。図の役割も一つが増えました。いいかえれば創造力だ。図を書くことで考えを整理する同時に想像力も働いている。同じことを違う単語表現すれば連想させることが増えていくあるいは違っていく。これがことばの力だ (ことばが考えに機会に与える。ことばはほかの世界のとびらにつながる ことばの意味が関係の中でしか存在しない。ことばのコンセプト常に変化する。ことばが特定な役割が果たしているから)それが問題解決能力につながっている さらに考えを活性化させる。図を改善していくと新しい出現したものを見える。いわば 価値のあるところの存在感を高められる。焦点すべきところが特定である したがって全体的な効率を上げることができる 生産力が高いなシステムが見えてくる。価値あるところちゃんと意識して利用すると個人的な生産性も上げられる。あたかも 意識しないと 存在しない。要するに図を書くのは想像力を動かさせる。好奇心を呼び起こさせる。さらに頭をクリアさせる 文章とかことどかものど かとコミュニケーションできる共に価値創造できる。または 図がキーワードと関係からなる 両方を特定するこに注意を払った。それらを基で考える。つまり考えの基盤を整えた。言い換えると意識したことが増えた 意思決定のに必要な情報が増えた。今回の授業でもう一つのことの役割を気つかされた これが接続詞である。実際使えると説明しやすくなるという実感が得た。なんだろと思った。継続詞じつは関係である。関係があるこそことばが通じる あるいは機能する。継続詞がその関係を明確にする。つまり存在しているものいわゆる関係の存在感を高めるすることで相手にわかりやすくにする。継続詞を使いこなすと考えやすくなる可能性が高くと見込む。なぜならば 関係がコミュニケーションの中の一部である これをこなせばほかの部分の負担が減らすことができる。考えること全体的に進行しやすくなる。ことばは道具だとすると 関係も道具 使うときすぐに思い出すのは一番望ましいです。熟練が巧を生むことに関係あるらしい

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本日はフル活動。9時:出勤。10時:橘川先生。10時40分:学部授業。12時15分:杉田先生。12時半:橘川先生・松本先生。14時:立川。15時半:荻窪。18時半:品川の大学院で授業。23時:自宅。

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「名言との対話」6月21日。近藤芳美「眉上げて行く如き死に友ら過ぎその悲しみを生きて吾が追う」

近藤 芳美(こんどう よしみ、男性、1913年5月5日 - 2006年6月21日)は、日本の歌人である。

旧制広島高校在学中に、広島市近郊で療養中の歌人中村憲吉を訪ね、「アララギ」に入会、本格的に作歌を始めた。以後、中村及び土屋文明に師事した。東京工業大学卒業後、清水建設に入社。設計技師として勤務する傍ら、アララギ同人としての活動を継続した。1961年、工学博士。1973年から1984年まで神奈川大学工学部建築学科教授をつとめる。

1951年、アララギ系短歌会「未来短歌会」を結成し歌誌「未来」を主宰。現代歌人協会の設立に尽力し、1977年から15年にわたり理事長。

素材主義を標榜し、生活の実感に基づいたリアリズムの短歌で、93年の生涯で、24冊の歌集を刊行した。1955年から2005年まで50年にわたり「朝日歌壇」の選者であった中国新聞信濃毎日新聞の選者。文化功労者。迢空賞詩歌文学館賞現代短歌大賞。斎藤茂吉短歌文学賞 

1986年刊行の近藤芳美『歌い来しかた』(岩波新書)1945年から1960年までの15年間い詠んだ歌とその背景を知ることができる。敗戦から講和条約朝鮮戦争、砂川闘争、スターリン批判、スプートニク人工衛星安保闘争までの戦後の歴史の中に生きた近藤の内面史である。「つつましき保身をいつか性として永き平和の民となるべし」「傍観を良心として生きるし日々青春と呼ぶときもなかりき」「身をかはし身をかはしつつ生き行くに言葉は痣の如く残らむ」「行為なきもののみ錯誤なしと言う激して思う忘れられし死ら」「犠牲者の一人の少女を伝え伝え腕くみ涙ぐみ夜半に湧く歌」。

NHK人物録で近藤芳美の映像をみて言葉を聞いた。思いの深い顔、優しい眼、哀しさをまとった表情の人だ。苦しんだ果てに自分自身に戦争の理由をつけながら死んでいった友を歌った歌が心に沁みる。

「眉上げて行く如き死に友ら過ぎその悲しみを生きて吾が追う」

「果てしなきかなたにむかいて手旗うつ万葉集を打ちやまぬかも」

「この前の戦争、あれは何であったか。あの中で人間は何であったか。絶えず問い続けていかなければならないと思う」という近藤は。戦争という極限状態の中で、民族の伝統詩である短歌をつくることを思い出す。それが短歌への信頼となり、エネルギーとなった。 

歌い来しかた―わが短歌戦後史 (岩波新書 黄版 348)

歌い来しかた―わが短歌戦後史 (岩波新書 黄版 348)