参院選、多摩大生の投票率は47.0%で同世代の平均の1.5倍の関心。「この授業を受けて、あなたはどう変わりましたか?」ーー読解力が身についた。

図解表現を教える「ビジネス・コミュニケーション」の最後の授業。

先週の参院選。私の講義を受講している多摩大生(19歳から20歳が中心)の投票率は、47.0%だった。全体平均が48.9%であるから、ほぼ近いレベルの数字となった。

新聞報道では、全国平均で18歳は34.7%(前回に比べて16.5ポイントダウン)、19歳は28.1%(前回に比べて11.6ポイントダウン)。これを単純平均すると31.2%となり、15.9ポイントほど多摩大が上回った。

この授業では各党の公約を自分で図解し比較する授業を2回行ったから、その効果が投票率のアップにつながったとみることができる。1回目は消費税、2回目は社会保障。一般の若者に比べて1.5倍ほど関心が高まったともいえる。

若者の政治離れという認識は間違っている。情報の提供の仕方が問題であって、それは若者の問題ではなく、政党やメディア側の情報提供の問題なのだ。改めてこの点を確認できた。

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以下、「この授業であなたはどう変わりましたか?」アンケートから。

・メモの取り方やノートの書き方がかわった。影響を受けすぎて洗脳されたレベル・読むだけでなくメモをとるクセが身についた。頭の中でまとめられるようになった。・難しい文章を読めるようになった、さまざまな本を読みたい・もっと文字に触れていきたい・図解をすれば国語力が身につく・読んでわからない文章は図にしてみよう・新しいアンテナが立った・物事を包括的に、つながりを考えるようになった・物事を立体的にみることができる・頭の中がゴチャゴチャしてている時は図解をするクセをつけよう・レポートが書けるようになった・まだとってない人はぜひとってもらいたい授業だ・社会にでていっぱい活用する・「人に伝える」「自分の頭で理解が深まる」ことに感動、すらすらと発表できた・楽しくなった・図解のスピードがあがってきた・良い授業でした・自分の意見をちゃんと述べられるようになった・一生使っていきたい・少し上手になった・特技になるように頑張ろう・文章を理解する力が確実についた・講義を受けるたびに成長を実感、留学生との議論など刺激的。リレー講座のまとめにも非常に役立った・周りの人と情報交換をしながら図解を描いていくと視野がひろがる・問題を解決できるようになった・長い文章をすらすら読めるようになったことが一番の収穫・頭の中で図解が思い浮かぶようになった・話がスムーズに頭に入ってくるようになった、発表して以降やり方が変わった。

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八木さんに電話:回復!

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 「名言との対話」7月29日。姫田忠義「記録は未来のためにある」

姫田 忠義(ひめだ ただよし、1928年9月10日 - 2013年7月29日)は、日本のドキュメンタリー映画監督、映像民俗学者である。

上京から半年後、日本読書新聞に掲載されていた民俗学者で『忘れられた日本人』を書いた宮本常一の記事に興味を抱き、日本常民文化研究所の宮本を訪ねた。「人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分の選んだ道をしっかり歩いていくことだ」が信条だった1907年生まれの宮本常一に師事する。

1958年、対馬で老人から「わしは、あんたにこの話をするためにいままで生きてきたようなものだ」と言われ、以後活動の原点となる。1965年から1966年にかけて製作された、宮本常一が監修をつとめたテレビドキュメンタリー「日本の詩情」の取材・脚本・構成を担当。日本各地の村々を取材して周り、日本列島の多様性に目覚める。宮本主催の雑誌「あるくみるきく」の取材などで、山村文化に注目して日本中の山々をめぐり、また沖縄やアイヌの人々などを訪ね歩く。1968年には「アイヌ」とは、アイヌ語で「人間」という意味であります」と語るアイヌ文化研究者の萱野茂と出会い、アイヌの深い精神文化を教えられて感銘を受けている。

記録映画の撮影を始めたのは、高度成長期の1961年だ。新しいものが次々と作られ、地方の山村や漁村が大きく姿を変えていった時期だった。姫田は日本各地の消えゆく生活や文化を映像で記録し続けた。手がけた映画作品は100本以上にのぼる。山村や漁村で暮らす人々が、古来より連綿と受け継いできた知恵を見つめ直した。フランスなど海外からも「映像人類学」と注目された。

国立民族学博物館をはじめ、各地の博物館・教育委員会向けに、独自のビデオ作品を制作(合計約150本)した。姫田は記録映像作家となった。

「NHK人・物・録」では、人々が現在を生きる姿を通じて、人はどう生きてきたかから、人間本来のあり方を学んでいこうとし、「現在を見つめながら明日を考える」「記録は未来のためにある」「民族の文化は泉」であると語っている。人との出会いが、その人の人生を方向を決める。人との出会いが、仕事を飛躍させる。姫田忠義は、人との出会いに感動、感銘を受け、その出会いを信じ、全存在を賭けることができる人であった。

記録というものは、案外残っていないものだ。意識して残そうと努力する人がいなければ、実態はわからくなってしまう。記録は過去のためではなく、過去を知り現在を知ることによって、未来を考えるためにあるのだ。文章などの記録ではなく、民俗学、人類学の分野に映像という新しい記録の方法を持ち込んだ姫田忠義の功績は偉大だ。