大学院学位授与式。大学院入学式。

大学院学位授与式。

修了生23名(日本人14名・留学生9名)。優秀者4名。

学長「知の再武装生命科学とコンピュータ科学の急速な発展。歴史。人間。気づきから行動へが分岐点。個別の要素を組み合わせて課題を解決。全体知。イギリスのポテンシャル。自分を磨き力をつけていく。危機感。日本の急速な埋没。GDP16%、6%、3%へ。自身のプロジェクトを。」

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終了後、学長と懇談。

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大学院入学式。10名(日本人6名、留学生4名)。

学長「危機感。湯に浸っている。『今・ここ・私』の価値観。そこそこ満足。不安あり。技能オリンピック7位。中国、スイス、韓国。現場力の衰退。自分で考える力を高めよ。」

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「名言との対話」9月7日。川上のぼる「なるほど、人形やったらいえんことも言える」

川上 のぼる(かわかみ のぼる、1929年12月11日 - 2013年9月7日)は、日本の腹話術師声帯模写師。

川上のぼるは大阪府立上方演芸資料館ワッハ上方」の「上方演芸殿堂」入りを2013年度に果たしている。そのページの紹介では以下の様になっている。

京都市出身。少年時代の頃から物真似が得意で、有名人の「声帯模写」をして遊ぶ。
学生時代にアメリカ映画で見た腹話術師の演技に魅せられ、自ら人形を工夫して腹話術を始め出す。後に、人形相手に漫才的対話をかわす寄席芸としての腹話術を確立。その道の第一人者となる。弟子の養成を含め、多くのアマチュア腹話術師を養成した功績は大きい。生前は、NPO法人日本腹話術師協会名誉会長を務める。1951年、開局したばかりの朝日放送のラジオ番組「ハリスクイズ」の司会者となり、相方の人形の「ハリス坊や」が叫ぶ名フレーズ「一等賞!」がお茶の間の人気を博した。1950年代の「スチャラカ社員」などのテレビ創世期の番組で活躍するだけでなく、舞台でも「川上のぼるとリズムボーンズ」を結成し(1963年「川上のぼると大阪ヤローズ」と改称)、腹話術・声帯模写・コント・音楽ショーなど多彩な活動を展開して人気を博す。1996年に上方お笑い大賞特別賞受賞、97年には大阪市民表彰(文化功労)などを受賞。

笑福亭鶴瓶公式サイトに「無学の会」というページがある。1999年から月1回、当日までゲストは秘密の会で、2019年9月で240回を数える。ゲストのリストをみたが、これほどの人を招く力が現在の鶴瓶の人気を支えていることを知った。2000年10月27日のページでは川上のぼるの言葉を鶴瓶が紹介している。

「なるほど、人形やったらいえんことも言える」「森さんは京都出身で京都育ちだから、鴨川の水つかってらっしゃるから肌がきれいなんですよ。後、森さんは昔から常に恋をしてらっしゃいました。」「蝶々先生はバイタリティがあり、仕事に情熱があり、若い者の指導がとてもうまかった。笑いの「間」をよく教えて頂いた。松鶴師匠はよく「のぼるちゃーん」と言われてかわいがられた。師匠はお酒好きで僕も好きやったんで尻についてキタ、ミナミに連れて行ってもらいました。師匠の口癖は『お代は出世払いでいい。』でした。」松鶴鶴瓶の師匠だ。

川上のぼるは中学の時アメリカのラブストーリー映画を見て、プロポーズできない男が人形を使ってプロポーズをしたら成功したというシーンをみて「なるほど、人形やったらいえんことも言える」と感心し、腹話術の世界をに入った。この映画は私もみている。また、テレビでこの人の腹話術でその技とともに人形がしゃべる内容の面白さに私も爆笑していた。人間は何に触発されて人生の方向が変わるかわからないものだ。何かの気づきを得て、それをただちに行動に移す。これがある分野で抜きんでる秘密である。