『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』ーーデジタル敗戦下の日本人が今読むべき本

オードリー・タン『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)を読了。

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

コロナを完璧に抑え込み「繁栄と防疫」の両立に成功し台湾が世界から称賛されたことは記憶に新しい。政府と人々の信頼関係を土台に、デジタル技術によって政府や民間の関連機関を跨いで全体を統合したマスク政策が実現したのだ。その立役者であるデジタル担当閣僚のオードリー・タンの初の著書である。この本は日本に向けて書かれている。社会的合意形成、もっといえば政治的合意形成の哲学と方法論の書であり、デジタル技術を使った「信頼」に基づく公共の利益を核とした民主主義の新しいありようを示した書だ。

以下、オードリー・タン(1981年生まれ)という異才のメッセージから。

パンデミックは古い考えから新しい考えに移行するための試験だった。

5Gなどの新技術は地方、山村、離島から、そして高齢者、認知症障碍者から始める。誰もが使うことができることに価値を置き、誰も置き去りにしないという方向で進めていく。中間点に新しい職業や役割が誕生する。それがイノベーションになっていく。それを弱い存在から提供していく。

AIは人を助ける。価値や問いをつくるのは人間で、人間を助けてくれるのがAIだ。のび太にとってのドラえもんの役割だ。デジタルにはモデル化とトライアルというメリットがある。人間はより創造的な仕事に移っていくことになる。AIは人工知能というより「補助的知能」(Assistive Inteligens) ととらえたい。

プログラミングとは一つの問題をいくつかの小さなステップに分解し、多くの人たちが共同で解決するプロセスを学ぶこと。解体と再構築の方法。誰かが先に作り上げたアイデアを自分のニーズに合わせて改変していくこと。

知識を学ぶことについては、ネットやオンラインがすぐれている。反復学習、自分のペース、発信も楽。実技などについてはまだ不十分。興味のあることを励まして背中を押すのが親の役割。生涯にわたる学習能力が重要になる時代になる。

議論を活性化し共通の価値を見つけていく。 デジタルは民主主義の弱点を補うことができる。政治への直接参加が可能となる。アップグレードの連続だ。告知と参加が前進する。 デジタル民主主義。SDGs(持続可能な開発目標)は共通の価値。持続可能性の実現、誰も置き去りにしない、科学と技術という3つが今後のキーワード。

オードリーは、8歳でプログラミングを学び始める。11歳ドイツで暮らす、12歳でインターネットに出会う。ウェブから学ぼう、独学で学ぼうと14歳で中学校を中退。15歳でプログラマーとして起業。19歳シリコンバレーでソフトウェア会社を起業。33歳引退。2014年アップルのデジタル顧問。2016年台湾の蔡英文政権にデジタル担当として入閣。オードリーは10代は男性の思春期、20代は女性の思春期を経験したトランスジェンダーだ。そのオードリータンは自らの世代を「デジタル移民」と呼び、現在15-6歳の世代こそデジタルネイティブ世代と考えている。デジタル革命は始まったばかりという時代観である。

オードリーは人々の意見を傾聴をしながら問題の核心をマインドマップなどを使って表現していく。図式的思考、構造的思考をする人だ。その結果を文字や図表に表現しネットで広く知らせていく。「図解コミュニケーション」や「合意術」についての著作を書いている私からみると、オードリーはデジタル技術を駆使しながら図解思考を用いて社会的合意形成の在り方に立ち向かっているようにみえる。

この本には日本と世界の未来に向けての力強いメッセージがある。3か月間にわたる20数時間以上のリモート取材というデジタル技術が編み出したこの本は、わが日本の未来にとって極めて重要な示唆に富んでいる。この本が目下「デジタル敗戦」下にある日本に大きなインパクトを与えることを願う。

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  大学:授業準備。総研ミーティング。

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「名言との対話」12月17日。相田みつを「「仕事はなんでもいい 一生けんめいに生きている人の顔はみんな美しい 美しい顔になりたい」

2016年には、以下のように相田みつを取り上げている。

「名言との対話」12月17日。あいだみつを。「いま ここ じぶん その合計が じぶんの人生」。相田 みつを1924年5月20日 - 1991年12月17日)は、日本の詩人書家

平易な詩を独特の書体で書いた作品で知られる。書の詩人いのちの詩人とも称される。「仕事はなんでもいい 一生けんめい生きている人の顔はみんな美しい 美しい顔になりたい」「どうでもいいものはどうでもいいんだよ いちばん大事なことに一番大事ないのちをかけてゆくことだ」「いつどこでだれとどんな出逢いをするか それが大事なんだなあ」

冒頭の言葉は、人生とは結局、自分は今ここで何をしているか、その一生の合計のことだと喝破するあいだみつをはさすがである。時間軸の中での一瞬、毎日。空間軸の中での自分のいる場所、その交点で何かをしている自分という存在。その蓄積を一生というのだ。心したい言葉だ。

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それから4年経った。相田みつを美術館には、銀座にあった時代、そして移転した東京国際フォーラムには何度か訪れているし、そこで手にした本も読んでいるので、以下を追加する。

若き日には、故郷足利市の老舗菓子店「虎谷」のミートサブレ(命名者も相田で「逢」のMeetが由来で)などの、包装紙や栞のデザインも手がけた。ろうけつ染めや地元商店からデザインを請け負うなどして生計を立てていた。

書の最高峰のひとつとされる毎日書道展に1954年から7年連続入選するなど、技巧派の書家として出発した。「書」と「詩」の高次元での融合を目指すようになり、三十歳のころ、独特の書体で、短く平易な自らの言葉を書く作風を確立した。

短歌と禅と書を学んだ相田みつをは「にんげんだもの」(文化出版局)を60歳で出版する。この本は編集者がいずれミリオンセラーになりますよ、と言っていた通り多くの人が手に取った。

以下、相田みつをの言葉から。

「いま ここ じぶん その合計が自分の人生」「仕事はなんでもいい 一生けんめいに生きている人の顔はみんな美しい 美しい顔になりたい」「いつどこでだれとだれがどんな出逢いをするかそれが大事なんだなあ」「どうでもいいものはどうでもいいんだよ いちばん大事なことに一番大事ないのちをかけてゆくことだ」「本人本当本物 本心本気本音 本番本腰 本質本性 本覚本領 本の字のつくものはいい 本の字でゆこう いつでもどこでも 何をやるにも」。「技術で人を感心させることはできるが、感動させることはできない」「どうでもいいものは どうでもいいんだよ いちばん大事なことに 一番大事ないのちを かけてゆくことだ」「雨の日には 雨の中を 風の日には 風の中を」「道は自分でひらく 人のつくったものは 自分の道とはならない」「あのねえ 自分に エンジンを かけるのじゃ 自分自身なんだ からね」「禅宗のお坊さんは自分が修行して得た心境を「詩げ」(しげ)という漢詩の形式で表現する。国語版の「詩げ」、これが私の詩です」「仕事はなんでもいい。一生けんめいに生きている人の顔はみんな美しい。美しい顔になりたい」

息子の相田一郎さんの観察がある。

「もし、自分が若いうちに世に認められていたらどうだっただろうか。力もないのにちやほやされて、あっという間にダメになってしまっただろう」。「書は余白の芸術」とミリ単位で切り取りの寸法を決めていた。「数ミリに命をかけているんだ」。必ず最上質の筆、墨、紙を使った。練習という概念はなく、何百枚と書いた中から最上の一作を選び、他はすべて燃やした。「世の中に必要なものであれば、どういう形であれ、残っていく。必要ないと判断されれば残らない。」だから美術館とか記念館を作ろうなんてゆめゆめ思うなよ、一人さんはとクギを刺されていた。しかし、実物を見たいという問いかけが多く、美術館を開設してしまう。

 著名人の座右の銘にもなっている。「そんかとくか 人間のものさし うそかまことか 佛さまのものさし」 南部靖之パソナ代表取締役グループ代表)。「一生燃焼、一生感動、一生不悟」 常盤百樹(ときわももき、四国電力社長)。「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」 野田佳彦(元首相)。「出会いが人を変え、感動が人を動かす」NAOTOEXILEパフォーマー)、、、、。

NHK人物録(NHKアーカイブ)では、足利市高福寺の住職・武井哲應老師との出会いを語っていた。師弟関係は40数年にわたり生き方に決定的な影響を与えた人だ。師からは「自分の心の中で、あるいは口の中でかみ砕いて完全に自分のものにするまではしゃべっちゃいかん」と厳しく教えられたそうだ。それが独特のやさしい言葉になって、人々の共感を呼んだのだ。

相田みつをは、60歳で代表作『人間だもの』を処女出版する。自身が予言したように、後にミリオンセラーになる遅咲きの人だが、残念なことにそれを知ることはなく、67歳で没している。50冊近い「相田本」はロングセラーを続け、累計1,000万部に迫るとされている。相田みつをの言葉と書は、今もなお多くの迷える人たちに希望を与えている。

相田みつを ザ・ベスト にんげんだもの 逢 (角川文庫)