宮城谷昌光『孔丘』を読了。聖人・孔子から人間・孔丘へ。改めて『論語』に向かいたい。

年末から読み進めていた宮城谷昌光『孔丘』(文芸春秋)を読了しました。

 

孔丘 (文春e-book)

 著者の宮城谷昌光は、中国をテーマとしたすぐれた小説を書き続けている人です。46歳と遅いデビュー以来、新田次郎文学賞直木賞芸術選奨文部大臣賞、司馬遼太郎賞、菊池寛賞毎日芸術賞などを受賞しているから、その実力は折り紙付きと言っていいでしょう。

その宮城谷は「孔子」を書こうと何度も考えました。50代に史料を集め、文献を読み、年表をつくった、そして無理だと諦めた。60代に、整えた資料に向き合ったが、また無理だと諦めた。『論語』にみる孔子の姿が重すぎたのです。70歳を過ぎて、失言と失敗もあった孔丘という人間を書こうと肚をくくった。今書かなければ死ぬまで書けないと自分を励まして書いたのがこの作品です。2020年10月発刊だから、著者は現在75歳になっており、73歳で死去した孔子を越えました。このあと、どんな本を書くのでしょうか。

 

 この本で、「人間・孔子」はどのように描かれているでしょうか。

15歳:武人になるまい。学問で身を立てるべく懸命に学ぼう。独学。

20歳過ぎ:はじめて弟子を持つ。身長2メートル16センチの長人。異相の人。

30歳。官を辞し人を教えておのれも学ぶという道を選ぶ。教場を建てる、ゆったりとした衣服を着用する。復習を重視、実習も。起源と変化を知る。射術と御馬。世の騒擾にかかわらず研学を続ける。予言を的中させたものが聖人。次ぐ者が亜聖。教諭の天才。

40歳。不惑周王朝の文化がもっともすぐれていると確信。天、天命、天意。碩師。

50歳、天命を知る。自分ではどうしようもないのが天命。魯に帰る。文化国家は武よりも堅牢。城壁の取り壊し。隣国と親しみ合う。政治とは先んずること、労すること。善政とは公平な司法と過酷でない課税。

55歳:亡命。

60歳。耳順。いやなことでも天が命ずるのであれば順う。近くの者が喜び、遠くの者がやってくる、それが政治。

67歳。病はない。亜聖の顔回が40歳で死去。

68歳:14年の亡命生活から帰国。

70歳。心の欲する所に従って、矩をこえず。自由自在にふるまっても人の法則をこえなくなった。

73歳。死去。

この本では「礼」について詳しくかいてあります。礼とは何か。もとは宇宙の原理。人間世界の秩序したもの。礼で個をつないでゆけば世間全体の体温が向上する。礼法は冠婚葬祭の法。礼を守ることは不当な法から官民を護ることになる。正義の道をゆくための道標。民を総べるには礼。僭越や下剋上を抑止する力。秩序の壊乱を未然に防ぐ。百年、千年の計。礼を学べば人として立つことができる。正しい礼の発見と創造。蝋燭のようなもの。「仁」とは何か。人としての正しい在り方。人としての本分。礼に比べて記述は少ない。

この本を読み終わって、聖人の孔子が孔丘という人間としてあらわれ、やや身近になった感じがします。この背景を持って、聖書と並ぶ偉大な書である『論語』をひも解きたいと思います。

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ポッドキャスト「ラジオ版学問ノススメ」。ウオーキング中に聞きました。しばらくはこの番組を聴くことにします。

吉田類(酒場詩人)

立花隆(ジャーナリスト)

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「名言との対話」1月4日。内田忠「民主政治の成否は、とどのつまり「人間」に帰着する」

 内田 満(うちだ みつる、1930年1月4日 - 2007年1月26日)は、東京生まれの日本政治学者

早稲田大学第一政治経済学部卒。1969年、早稲田大学政経学部教授。 1978年、早稲田大学別科国際部長。 1986年、早稲田大学政治経済学部長。 2000年、定年退職、 2002年、「日本政治学の一源流」で早稲田大学博士(政治学)。

日本政治学会理事長、日本選挙学会理事長、衆議院議員選挙区画定審議会委員、財団法人明るい選挙推進協会会長を務めた。

アメリカのロビイストについての研究でも知られた。ゼミ生には、寺島実郎やニュースキャスターの久和ひとみなどがいる。2007年1月26日、死去、享年77。

 内田満『政治の品位』(東信堂)を読んだ。以下、「Ⅱ政治家よ、言葉を響かせよ」。以下、アメリカとイギリスの政治家や学者たちの名言から。

  • リンカーン「奴隷になりたくない人は、奴隷を所有しないことに同意しなければなりません。他人に自由を否定する人は、自分でも自由に値しませんし、公正な神の下で、自由を長い間保持することはできません」
  • ケネディ「問うなかれ、あなたの方の国があなた方のために何をなし得るかを。と板前、あなた方があなた方の国のために何をなし得るかを
  • チャーチル「デモクラシーは、一番悪い政治の形態です。今までに試みられてきた他のすべての形態を別にすればの話ですが」
  • レーガン「政治は、芸能とよく似ている。まずオープニングが地獄で、その後はしばらく出せですが、終わりがまた地獄だ。」「政治は、悪い職業ではない。成功すれば多くの保証があるし、失敗したら、いつでも本が書ける」「皆様が必要とするものを何でも家でも与えることができるほど強力な政府は、皆様から何から何まで取り去ってしまうほど強力な政府ということになります」「いつも私が不思議に思うのは、姉妹の経験のない人が、どうやって政治家の役割をうまくこなせるのかということです」
  • サッチャー「政治では、予期しないことが起こると、いつも予期していなければならない」
  • ハロルド・ウィルソン「首相の成功の主要な条件は、夜の熟眠と歴史のセンスである」
  • マイケル・フット「権力の座にいる人には、本を読む時間がない。しかし、本を読まない人は、権力の座に適さない」
  • ジャン・ジャック・ルソー「イギリス人は、自分たちは自由だと考えているが、彼らは思い違いをしている。イギリス人が自由なのは、議会の議員の選挙の間だけで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人は奴隷化されてしまい、何の力も持たなくなってしまう」
  • ウィリアム・サイモン「悪い政治家をワシントンへ送り出すのは、投票しない善良な市民たちだ」
  • ジェームズ・レストン「選挙は、く将来についてのかけであり、過去の人気の度合いを測るテストでは無い」
  • トマス・カーライル「この国民にして、この政府」

以下、 日本の政治家の名言から。

  • 尾崎行雄「選挙の場合には、政党は批判を受くべき被告であって、国民は裁判官であることを忘れてはならぬ」
  • 大野伴睦「猿は木から落ちても猿だが、代議士は落ちたらただの人」
  • 西尾末広「政権を取らぬ政党は、ネズミを取らぬ猫のようなもの」
  • 川島正次郎「政界、一寸先は闇」

民主政治の制度は完成に向けて永遠に途上にあるから、常に見直しが必要だ。そしてその制度を運用するのは人間であり、常に誤用や悪用がはびこる。だから政治の成否は人間の問題に帰着する。となれば政治学の基礎は、人間学なのだといえるだろう。

「修身」という言葉はすでに死語となってしまったが、やはり修養という考え方は忘れてはならないと思う。 政治学者・内田満は、早稲田大学政経学部長を経て、1990年と1994年と2回続けて総長選挙に出馬したが、いずれも決選投票で敗れている。以上の政治に関する名言を蒐集するなかで、内田満は学内政治と選挙についても深く考えただろう。日本の政治も、大学の世界も同じだと感じていたのではないだろうか。 

政治の品位―日本政治の新しい夜明けはいつ来るか